「あー!! もう、やめやめ! 昼にすんぜ、フライヤ」

昼近くなった頃、フライヤは呼ばれて、肩と首をコキリと鳴らしながらデスクから立った。

 隣室が、休憩所兼キッチンになっているらしかった。オリーヴと一緒にそちらへ行くと、エマルが大きなやかんを二つ、ガス台に乗せていた。

 「おふくろ、まさか昼飯これだけ?」

 オリーヴが、テーブルに山積みになったインスタントラーメンを指さして不満げに言った。

 「ピザ三枚頼んでるよ。まさか足らないわけじゃないだろ?」

 「たった三枚かよ。今日みんなそろってんだぜ。足りっかな」

 「足りなきゃ、ピザ追加してきな! フライヤ、好きなラーメン選んで」

 エマルに言われ、フライヤは最近発売したばかりの激辛ラーメンを取る。

 「あんた、それだけでいいの」

 もっと食べなくちゃ大きくならないよ、とエマルは言い、もう一個くらい食べな、とカップ麺をもう一つフライヤに渡した。そして窓の外にピザ屋の配達が来たのを見て、財布を持って部屋を出て行った。オリーヴは、三十個はあろうかというインスタントラーメンの蓋を片っ端からあけている。

 「オリーヴ! ぜんぶ開けちゃだめよ」

 「なんで?」

 食うからいいじゃん、どうせ残らねえよ、というオリーヴに、フライヤはあきれながら蓋を開けるのを手伝った。なんとなく、あのメンバーならぜんぶ食い尽くしそうな気がしたからだ。オリーヴひとりだって、十個は食べる。

 湯が沸いたので、ずらりとならべたカップに、端から順番に湯を注ぎいれていると、アダムが入ってきた。

 「来客だ。余分にラーメンあるか?」

 アダムは聞いてから、聞かなくてもよかったなという顔をした。テーブル一面、隙間なく並べられたカップ麺をあきれ顔で眺め、首を振りつつ部屋を出て行った。

 「ちくしょう。あたしの食べる分が減った!」

 いったい幾つ食べる気だったのだろう。悔しげにオリーヴが言うのに、フライヤはやはりあきれ顔をするしかなかった。

 

 「うああ〜、もうやりたくねえ〜!」

 ベックが暴れながら入ってきてテーブルに上半身を投げだし、オリーヴにまた蹴られた。ボリスもうんざり顔を隠さずに入ってくる。「あ〜、腹減った」

彼らは、テーブルの上のラーメンを、奥のもっと大きいテーブルへ運びはじめた。フライヤもそれを手伝っていると、

「ボリス、来客って誰。――あ、ベック、冷蔵庫からコーラ出して」

「ああ、エルドリウスさんな」

「なんだ、エルドリウスさんか。じゃァしょうがねーや。昼時に来る客なんていうから、ぶっ飛ばしてやろーかと思ったけどよ、」

「親父さんが呼んだんだろ。エルドリウスさん、たぶん今夜にゃL19帰るんだろうし、」

「なあ! これひとり幾つ!?」

「五個は食ってもいいぜ。あ、フライヤは二個しか食わねーからフライヤの分三人で山分けな!」

「エルドリウスさんの分は?」

「あ、数に入れてなかった」

フライヤは、「エルドリウスさん」は、他の傭兵グループの、アダムの知り合いだと勝手に認識した。だから、来客かあ、アジトに来客って珍しいなあ、くらいにしか考えず、せっせとラーメンをテーブルに運んでいた。まさか――。

 

「やあ、こんにちは。昼時にすまんね」

 

まさか。

 

フライヤは、「エルドリウスさん」の姿を見たとたん、両手のラーメンを手から取り落としてしまった。「ああっ! もったいねえ!!」オリーヴの叫びも聞こえなかった。

 

まさか。

――どうして。

 

どうして、傭兵グループのアジトに、軍人が。

 

品のある顔立ちに、口ひげ。オールバックにセットされた茶色い髪に軍帽をかぶせた、背の高い軍人――柔和にこそ見えるが――目は鋭かった。ひどく頭がよさそうで――着ているのはL19の軍服にしか見えないし、しかも襟やポケットのあたりに勲章や階級章がジャラジャラとくっついている――ずいぶん高位の――軍人――貴族階級――。

 

「火傷してない?」

フライヤははっとした。はっとして、目の前の顔を見た。うつむいていたフライヤは、見上げているエルドリウスと目があった。優しく緩められた、茶色い目。

「きゃーっ!!」

悲鳴を上げて駆け出したフライヤを、オリーヴとボリス、ベックは呆気にとられて見送った。エルドリウスも、悲鳴を上げられたのでもちろんびっくりした。だが、彼はすぐに立ち上がり、堪えきれないように肩を揺らして笑い始めた。

 

「これは――、これは」

フライヤが駆けて行ったほうを見て、二、三度目を瞬き、エルドリウスは言った。

「なんとまあ、可愛らしいお嬢さんだ」

 


「アダムさんっ! エマルさん!!」

ピザの箱を抱えて階段を上がってきたふたりに、フライヤは縋り付いた。

「大変です! アジトに軍人がいるんです!!」

フライヤの恐慌状態に、ふたりもまた目を瞬かせたが、やがて――声高に笑い始めた。フライヤは、なぜ笑われるのかわからず、困惑したが、

「軍人って、エルドリウスさんのことか」

アダムが笑いながらぽんぽん、とフライヤの頭を叩いた。

「心配いらないよ。あのひとは軍人で、大佐だけどもねえ――あんたが思ってるような軍人じゃないから」

エマルも苦笑した。「ほら、行こう。ピザが冷めちまう」

 

アダムとエマルの後ろから、びくびくしながら部屋に入ったフライヤは、奥のテーブルの光景を見て、また腰を抜かしそうになった。

オリーヴやベックたちが、バカ笑いしながらエルドリウスを囲んで、ラーメンを食べていた。オリーヴときたらエルドリウスの肩をバンと叩いて噎せ返らせている。処刑確実。エルドリウスもラーメンをすすっている――しかも、フライヤが好きな激辛ラーメンを。

(L19の大佐が――傭兵と――カップ麺食ってる――)

軍人は、高級レストランでしか食事しないものだと、フライヤは思っていた。L20の、軍人貴族階級の同級生は、カップ麺のことすら知らなかった子もいた。

 

「ほら、エルドリウスさんの差し入れだよ」

「うおーっ! ビート・ピザだ!」

エマルがテーブルに置いた、ピザの箱五枚重ねにオリーヴが歓声を上げる。L18の都庁付近にある有名なピザ屋で、高いけれどおいしいと評判のピザ。

「最高! エルドリウスさん!」

「ほんとうにピザが好きだねえ、君は」

笑いながらエルドリウスは、タバコに火をつけた。軍帽を、古びた木の椅子にひっかけ、足を組んで、オリーヴがピザを片っ端から頬張る様子をにこにこと眺めている。アダムがエルドリウスの隣に座り、すっかりのびたカップ麺の蓋をあけた。

「先に頂いたよアダム。すまないね、昼時に」

「いやいや、相変わらずこんなモンしかねえが、勘弁してくれな」

「構わんよ。私はカップ麺好きだし」

 「エルドリウスさん、辛いの好きだよね〜」

 「うん。辛ければ辛いほどいいな」

アダムたちと、親しげに会話を交わすエルドリウスは、フライヤが知る軍人とは程遠い。辛いのが好きだなんて、私と一緒だ。フライヤは一瞬だけそう思って、それからすぐに現実に戻った。

(なにしてんだろう、この人たち)

フライヤは、気が気ではなかった。

(軍人にカップ麺なんか出したら、その場で殺されるんじゃないの……)