「ほら、座ってあんたも食べな」

エマルが促すので、フライヤも怯えながら席に着いた。軍人と同じ席なんて、心臓がいくつあっても足りない。

「このこったら、怯えちゃってまあ」

エマルが苦笑する。

「これは、“アダム・ファミリーの新入社員試験”だよ」

エルドリウスが悪戯っぽく笑った。タバコの灰を灰皿に落としながら。

「大佐と一緒に、カップ麺を食えるかどうか」

エルドリウスの言葉に、テーブルは沸いた。笑えなかったのはフライヤだけだった。

 

「たしかにね。エルドリウスさんとメシ食うくらいでビビってちゃ、ウチではやってけないよフライヤ」

「無理もねえよ。まあ、俺たちが慣れちまったってだけで、軍人とメシなんて、なかなかねえことだからな」とボリスがフォローしてくれた。

「しかも佐官だぜ。将校となんて、あり得ねえよ、普通はな」

良かった。フライヤがおかしいわけではなかったようだ。そうだ、ボリスの言うとおり普通は――ない。あり得ない。あまりに普通にエルドリウスがこの席に溶け込んでいるものだから。将校の変装をした傭兵だと思わなければ、フライヤはここに座っていることすらできなかった。

 

「ボリスさんはやっぱ、そっちはなしの方向かよ」

「ねえな。エルドリウスさんくらいだよ」

「俺らの年代は、いいヤツならアリだけどな。俺も軍人のダチいたし。でも、学生のあいだはダチでいれても、やっぱ軍部入ると変わっちまうよなみんな、」

ベックが、オリーヴとピザの取り合いをしながらボヤく。フライヤは、もともと友達が少なかったし、軍人や貴族階級の同級生は、傭兵であるフライヤを最初から差別の目で見ていたので、軍人の友達などいなかった。だからベックの言葉は耳を素通りしていっただけだった。

 

「でもなァ、俺らの時代に比べりゃ、軍人と傭兵の垣根、緩くなったよ。現実はどうあれ、皆の意識ってヤツが」

ボリスが後頭部で腕を組んで、椅子の上で伸びをする。足がエルドリウスを蹴りそうで、フライヤひとりがヒヤヒヤした。

「……そうかもしれないねえ」

「時代は変わるさ、エマル。こういう光景は、近いうちに珍しくも何ともないものになる」

エルドリウスの言葉に、アダムが、何とも言えない顔をする。軍人と傭兵が仲良くなるなんて、そんなわけあるかと心の中だけで突っ込みながら、フライヤはなるべくエルドリウスと目を合わせないようにして、心の中だけは妙に雄弁に、のびきった麺を少しずつ啜った。

 

「君は、ほんとに新入社員なんだね?」

ふいにエルドリウスに声をかけられて、フライヤは怯んで咽せた。なんでこっちに話を振るんだ。空気になりたいのに。やっとの思いで頷くと、「名前は?」と聞かれた。

「フ、フライヤです……。フライヤ・G・メルフェスカ」

「フライヤ。私はエルドリウス・H・ウィルキンソンです。よろしく――で、彼氏いるの?」

ボリスが椅子ごと後ろにひっくり返り、アダムが口いっぱいの麺を吹きだした。

「いねーよ」

硬直したフライヤの代わりに、オリーヴが返事をした。「彼氏いない歴=年齢」

余計なことまでいったオリーヴだったが、オリーヴの失礼な暴露は、フライヤの脳に届いていなかった。

 

「いないのか。それはよかった。――じゃあ、私なんかどうかな、彼氏に」

 

今度はエマルとベックがそれぞれ、麺とピザを口から押し出すところだった。少なくとも、喉には十分詰まらせた。二リットルボトルのコーラを、奪い合って一気飲みするほど。

 

「付き合うとしたら、結婚前提で」

 

アダムは、もう吹くものがなかった。ゲホゲホ噎せこみながら、「ちょ……、ちょっ、待ってくれ、エルドリウスさん……」というのが精いっぱいだった。

 

「待っていたら、こんなに可愛い子なんだ。すぐに彼氏ができちゃうだろう。やっぱり、こんなオジサンはイヤかな」

「いや――そういう意味じゃなくてだな」

「心配いらねーよ、エルドリウスさん若いってまだまだ! それに、フライヤに彼氏できるって、それこそ傭兵と軍人の垣根なくなるくらいの奇跡だから」

友人にこれ以上なく失礼なことを言われているフライヤだったが、怒るどころではなかった。

「……。……え?」

エルドリウスの言葉を、フライヤの脳はなかなか認識しなかった。ので、小さく、それは小さく聞き返したフライヤの声を、エルドリウスは聞き逃してはくれなかった。

 

「結婚前提で、お付き合いしてください、フライヤ」

 

エルドリウスは、にっこりと笑い――それからフライヤに向かって頭を下げた。そのことによって、フライヤの優秀なはずの脳は、キャリー・オーバーを起こした。

 

「ちょ、ちょいとお待ちよ、エルドリウスさん、」

エマルもまた、ひどい咳き込みが治まってから、言った。

「……冗談だよね? 冗談なんだろ?」

「冗談じゃないよ」

エルドリウスがどんな冗談を言う人間かは、アダムとエマルもよくわかっていた。少なくとも、場を凍りつかせるような冗談を言う人間ではない。彼の冗談はいつもユニークで、場を和ませこそすれ、極端な発言でもって周囲をドン引きさせるようなことはない。では、これが冗談でないならば――。

 

「初めて、結婚したいと思う人が現れたんだ」

(え?)

みんながフライヤを、穴があくほど見つめているのに。それも気づかない。

(軍人が――わたしに――アタマ下げて――え? 今この人なんて言った? 結婚前提? え? この人は大佐で――軍人で――わたし、傭兵なんですけど――てか――初対面――え?)

 

「不束者ですけど、よろしくお願いします!!」

なぜか返事をしたのはオリーヴだった。

「あー! よかった……! フライヤに彼氏かあ……! エルドリウスさんならいいや、フライヤあげても。ほら、あたしちょっと感動で涙出てきたほら!」

「なんであんたが返事してんだい!」

エマルがかろうじて突っ込んだ。こういうとき、柔軟な脳みそを持っているのは女性のようで、男三人はなかなか、口を開くことができなかった。肝心のフライヤも、容量オーバーで、固まったままだ。

フライヤの視界にあるのは、にこにこと笑っているエルドリウス。

 

(いったい――何が――起こっている?)