「おせっかいじゃないもの」ルナはぷんすかと叫んだ。「おせっかいじゃないの!」 「おせっかいだよ。痴話ゲンカに首突っ込むなんざ、おせっかい焼きかヒマ人のすることだ。くだらねえ」 「くだらなくないの! ともだちのことなんだよ!」 「だから、話ぐらい聞いてやろうって言ってンだ。無視するわけじゃねえ。でも、俺が何を言おうが、ロイドが別れたきゃ別れればいい。おまえがどう思ってるかは知らねえが、俺は、キラとロイドの仲を取り持つ気はねえぞ。そこは勘違いするな」 「……」 「今まで長ったらしい愚痴を聞いてきた分、最後まで面倒は見てやる。だけど、別れる別れねえは、ロイドとキラが決めることだ。俺には関係ねえ」 「……。うん……」 アズラエルは少し驚いて、ちらりとルナを盗み見た。いつもならここまで言えば、「アズは冷たい」とルナは言うはず。めずらしくこのうさぎは肯定した。悲しげな顔はしているのだが。 「――うん。でもね、でもね、でも、キラにはね、きっと、ロイドは運命の相手だったと思うの……」 ルナはまるで、この別れ話が自分のことのように、しゅんとした顔をした。 「キラは、きっと、ロイドのこと嫌いになったわけじゃないと思う」 「……おまえは、キラからなにも聞いてねえのか」 「うん。キラはね――あんまり、相談とかするコじゃないから」 ルナは後悔していた。キラは昔から、辛いことがあってもそれをルナに愚痴ることはほとんどなかったし、辛いことがあっても落ち込んで暗くなるより、趣味に没頭して元気になるほうを選ぶ子だった。だけど。 (もうちょっとちゃんと、話くらいすればよかった……) キラが元気がなかったときに、「どうかしたの?」とちゃんと聞けばよかった。いろいろあったのは事実だけれど、もっと早く、キラのところへ――K06へ、遊びに行っていたらよかった。そうしたら、アズラエルみたいに、話くらい聞いてあげられたかもしれないのだ。 今ごろ後悔しても、遅いのだけれど。 ルナはしばらくしゅんとしていたが、車がK05を抜け、山林に入るころには、元に戻っていた。窓の外を見て、ずっとなにかを考えている節があったが、アズラエルは特に話しかけなかったし、ルナもアズラエルに話しかけることはなかった。 ルナの中でも、気持ちがまとまったのだろう、やがてうさぎは、「ふん!」と小さな気合を入れてぷっくりしていた頬を元に戻した。 長い山道をドライブし、ニックのいるコンビニが近くなった頃、ルナは「アズ、トイレ」と言った。その声は、落ち込んでもいなかったし、暗くなってもいなかった。 「ああ、じゃあ、ニックのとこ寄るか」 アズラエルは、ニックのことが苦手ではないが、一度立ち寄れば最低三十分は捕まる。それは避けたかった。できれば今は寄らないで先を急ぎたかったが、トイレに行きたいのでは仕方ない。 「ルゥ、長居は……「長居はできないんだよね」とルナはひとりで頷き、「からあげとたらこのおにぎり買っていい?」と上目づかいで聞いてきた。ルナの上目づかいに負けるわけではない。決してない。可愛いことは可愛いが、可愛いくないわけはないが――そんな目で俺を見るなバカ野郎。 「ああ……。おにぎりは一個だけだぞ」 アズラエルは仕方なく、許可を出した。ルナは、今食えば、確実に夕飯はいらないと言い出すに決まっている。なんて甘いんだ、俺は。 「きょうはおなかがすいてるよ! だからちゃんと夕ご飯も食べる!」 コンビニの駐車場に止めたとたんに、ルナはそう宣言してててててーっと走って行った。 「どうだかな……」 夕飯はピザだ。アズラエルの中でそれは決定した。 「ニックこんにちは!」と叫んで、ルナはトイレへ駈け込んでいく。あれは限界だったな、とアズラエルは小さく笑いながら、コンビニへ入った。 「よう。元気か」 相変わらず客はひとりもいなかったが、ニックは奥から出てきて満面の笑顔を見せた。 「僕はいつでも元気だよ! あれ? ルナちゃんは?」 「ルナなら、トイレ借りてるよ。おまえに声かけたんだが、聞こえなかったか」 「ごめん。聞こえなかったみたい。奥でテレビ見てたんだ。今日、君たちが最初の客でさ! たぶん、最後の客かも!」 それでいいのか。コンビニの店長が。 アズラエルはルナのために、たらこのおにぎりひとつと、からあげと、それからペットボトルのお茶と、自分のためにコーヒーとガムをかごに入れ、「05番のタバコひとつ」と言ってレジに置いた。 「どうしたの? ルート変更したの? また、こっちに寄ってくれるとは思わなかったよ!」 「え?」 アズラエルは、袋に入れてもらったからあげを行儀悪く摘まんでから、聞いた。 「ルート変更?」 「だって君、この旅行はぐるっと北側を回っていくって、言ってたじゃないか」 そういえば、コンビニに遊びに来た時に、そんな話もしたか。 「予定変更したんだよ。ジャマばっか入りやがって、予定が台無しだ」 「それは大変だったね。今は、どこへ向かってるの」 「K11だ。――ここから、どれくらいかかる?」 「ええ!? K11へ行くの?」 「ああ」 「ここに来てからいうのもなんだけど――K11に行くなら――椿の宿にいたんでしょ? K05からなら、たぶんこっち回ってくより、K02に入って、K03行って南下して、中央区からK14行って、WEST ROADに入らないほうが、早く着くよ。ほら」 「……マジかよ」 「ね? この山道、結構長いからさ。ここからだとK12に入ってからK01――中央都市通って、だろ。一見近いんだけど、距離はこっちのが長いんだ」 ニックは、デジタルの船内地図を出してきて、アズラエルに見せた。椿の宿からK11までの距離が、赤と緑、ふたつの線で表示されている。推奨ルート「距離」。ニックの言うとおり、この山道のルートでないほうが、距離は短かった。 「やられたな……。気づかなかった」 「でもまあ、距離の違いって言ってもあまり大差ないよ。五キロくらいの差だし。どっちにしろ、中央区やK12あたりで、渋滞に巻き込まれなきゃね。深夜までに着くかなあ」 「渋滞だと?」 「うん。通勤ラッシュがあると思う。今日週末だからね」 「通勤って……」 「ああ、そうか。一般船客は知らないよね。週末は、宇宙船を操縦している作業員たちの入れ替えが多いから。“地下のモグラ”だったひとたちが地上に顔を出して、地上にいたひとが地下に潜るんだ」 「作業員ね……」 「君、途中のガソリンスタンドか役所で、カーナビのソフトもらえばいいよ。この宇宙船内の地図が入ったソフト。自家用車持ってきてる人には無料で配ってるからさ」 「面倒くさがって、くれるといったモンをもらわなかったんだ。途中で寄った時に、もらってみるよ」 「そうしなよ」 アズラエルがからあげを摘まみながらニックと話しているうちに、ルナが現れた。 「ニック、こんにちは!」 「ルナちゃんこんにちは! 元気してた?」 「とっても元気! 今日はニックのから揚げ買いに来ました!」 「そりゃ嬉しいな――「ニック、からあげもうひと袋くれ」 アズラエルは、買った唐揚げをすっかり食べてしまっていたのであった。 やはり一時間のロス。ニックとルナは、喋り出したら止まらなかった。アズラエルは尋常でないスピードで車を飛ばし――山道を抜け、一気にK12へ躍り出た。 「うわあ、きれいだね〜!」 暗くなり始めたころで、夜景とまではいかなかったが、川を横切る長い橋は、派手なネオンと水面に反射するオブジェの美しさが目玉のデート・スポットでもある。 K12はL7系の都市に比較的近い景観で、ルナがよく来る区画だ。宇宙船の中央区画、K01に隣接していて、L5系の都市をモデルにしたK11ほど最先端ではないが、ビル群が連なり、交通渋滞があるほど、人で賑わっている。今いる街中は、区画では南側。もっと北西のほうへ行くと、ルナたちがよく行くショッピングセンターがある。 「あたし、はじめて夜にK12に来たよ! ニコル・ロスカーナ・ブリッジ、素敵だったね」 橋の上からの夜景も素晴らしいが、橋を降りた後、遠目にみえる橋の外観も、ネオンが消えたり光ったり、派手なショーのようで、ルナを喜ばせた。ルナの歓声を聞きながら、ようやく、二人きりの旅行らしくなってきたなあと、アズラエルも感慨深かった。 ここまで来るのに、いったい何日かかっただろう。 「K11に行くつもりだったがな」 アズラエルは車内時計で時間を確かめ、 「今日はK12で泊まって、明日K06に行くぞ。……K11とK19は、面倒事がすんでからだな」 「やった! 今日はK12でお泊りだ!」 「はしゃぎすぎるなよ、ルゥ」 「はしゃいじゃうよ! だって、やっと、二人っきりの旅行って気がしてきたね! アズ!」 「……」 ルナは窓の外の夜景を、幸せそうに眺めた。ルナがアズラエルのほうを向かず、車外の夜景に見とれていたのは、――そして、アズラエルがハンドルを離せない状態だったことは、ルナにとっては幸いというほかなかった。でなければ、ルナのセリフに脳内だけ大はしゃぎしたライオンが、さっそくうさぎにがぷっと噛みついていたかもしれないのだから。 |