「シルビアは私の妹でね」

エルドリウスは、聞かれてもいないのに言った。

「でも、血は繋がっていない。出身星もべつだ。つまりは、赤の他人だ」

「……は、はあ……」

「少しは妬いてくれた?」

フライヤは返答に困った。

「おかしいな。大概私の恋人は、シルビアに敵愾心を燃やすんだがね――どうも、夫婦に見えるみたいで」

夫婦に見えるということはフライヤは納得したが、フライヤは、まだエルドリウスの恋人になった覚えはない。

 

三階の廊下の最奥に、その部屋はあった。その部屋は、ドアからして重厚で、ほかの部屋とは違っていた。胡桃の木を素材に使った重いドア。フライヤの顔ほどもある、二頭のペガサスが見つめ合っている形の紋章がついている。ペガサスの紋章は、ウィルキンソン家の紋章かもしれなかった。

「入って」

エルドリウスに促され、フライヤは部屋に入る。そこは書斎だった。だが、長いこと使われていないことはフライヤにもわかった。掃除は行き届いていたが、空気はかび臭く濁っている。真正面に飾られている、紳士の肖像画を示して、エルドリウスが言った。

「あれは、私のおじいさん」

髭をたくわえた、貫禄ある軍人である。

「先代のウィルキンソン家当主だよ。私は、彼の養子。――彼のというより、彼の養子の、養子になるのかな」

「え?」

フライヤは、はじめて緊張抜きの返事を、エルドリウスにした。

「私は養子なんだよ。ちなみにシルビアも養子。私は、L85出身の鉱山労働者で、シルビアは親がふたりとも傭兵で、戦争で亡くなった。戦災孤児というのかな」

「戦災孤児……」

「シルビアは私より二つ下だから妹なんだが、この家にいた時間は私より長い。シルビアがこの家に養子に入ったのは十歳の時で、わたしは十八歳だったから」

「……」

「私たちの話より先に、もっと昔の話をしよう」

 

エルドリウスは、書棚に行って、一つのファイルを持ってきた。その中にあったのは家系図だ。

「ウィルキンソン家はね、軍事惑星の名家のひとつに数えられているけれど、実はずっと軍事惑星群にいたわけじゃないんだ」

フライヤは黙って聞いていた。この手の話は嫌いではない、むしろ好きな方だ。

「出自は、L55の貴族なんだよ」

エルドリウスが、何代目かの当主の名を指さした。そこには、パーヴェル・J・ウィルキンソンという名があった。

 

「この人はね、L55の実業家で、ウィルキンソン家に多額の資産をもたらした人だ。L系惑星群での長者番付にはいったことがあるよ。ウィルキンソン家の栄華は、このひとから始まったと言っていい。先祖代々の事業を拡大化して、ものすごい資産を築いた人だ。このひとの奥さんも事業家でね――ああ、家系図に名がないのは理由があるんだけど、あとで説明する。このパーヴェルの奥さんは、地球行き宇宙船の、美術館に出資した人なんだ」

「ええっ!? この人がですか?」

フライヤは、パーヴェルの隣に名があり、家系図上では「妻」とされている、カレン・B・ウィルキンソンを指した。だがエルドリウスは首を振った。

「いや、このカレンという人は後妻。パーヴェルは、最愛の妻、ルーシーという女性を、先になくしているんだ」

「ルーシー……」

「ルーシーもまた事業家でね、地球行き宇宙船の美術館創設に尽力した人物なんだが、死に方がスキャンダルでね。なんでも、部下と密通して心中したとか、裏取引していたマフィアに殺されたとか、まあ、はっきりしないがね」

「うわあ……」

「美しいひとだったというからねえ。まあ、死に方があんまりだったし、この家系図をまとめたのは、パーヴェルとカレンの子孫だから、ウィルキンソン家の家系図に彼女は載っていない。だけど、ルーシー本人が著名な人物だ。彼女が出資した地球行き宇宙船の美術館には、彼女の銅像があるらしい。私は見たことがないが――だから、家系図に載っていなくても知っているんだがね」

フライヤは、この家系図に載っていないルーシーという女性に思いをはせた。著名な人物なら、ネットを調べれば出てくるかもしれない。

「で、このパーヴェルという人物が、軍需産業にも手をかけていてね、このカレンという後妻が、L19の貴族軍人の家の出だったもので。ルーシーとパーヴェルの間には子供はいなかった。パーヴェルとカレンの間には三人子供がいて、そのうちの末っ子が軍需産業部門を受け継いで、L19に来たってわけだね。そこから、L19のウィルキンソン家が続いている」

「なるほど……」

「君、こういう話好きなの」

エルドリウスが、フライヤを見つめて笑っていた。「なんだか、表情が生き生きしてる」

「えっ? あ、いえ、あの、」

小さくエルドリウスは笑い、「まあ、退屈していないならいいんだ」と言って、話を続けた。

 

「で、ここからは、このおじいさんの話」

エルドリウスが肖像画を見上げたので、フライヤも一緒にそちらを見た。

「彼は、L4系の戦争に出たときに熱病にかかって、子供が作れなくなってね、」

養子をとったのだと、エルドリウスは言った。

「で、彼が養子に迎えた息子が、無精子症だったと」

フライヤは目を丸くした。「じゃあ――」

「期待にそえなくて悪いが、私は健康で、無精子症じゃなかったけど」

エルドリウスは苦笑し、

「まあ、養子の経緯はどうでもいいんだが。つまりね、私は、君が怯えているような貴族軍人ではない。……ということを言いたかっただけだ」

「――え」

「おじいさんは軍人時代から傑物といわれた男で、とくに、人の能力を見抜くことにかけては右に出るものがないひとだった。――地球行き宇宙船に乗って、なんだか、啓示を受けたらしい。ウィルキンソン家の資産を、逸材を育てることに使えってね。病で半身不随になったおじいさんには、軍を除隊後、その、人を見抜く眼力をつかう場所がなかった。それが、養子あつめという、人材探しに繋がったわけだ。おじいさんは、お義父さんの寿命だけは見抜けなかったが、お義父さんだって立派な人物だった――L4系の原住民だったけれど、」

「――!?」

フライヤは、よく考えたらとんでもないことを聞いているのだと、やっと、緊張に固まっていた頭が働いてきた。

原住民に――戦災孤児に、鉱山労働者。

どうして、よくもまあ、軍事惑星の名家が、そんな人間を養子に。

軍事惑星の常識では、考えられないことだった。

「すなわち、ウィルキンソンの血族、という形では、このおじいさんの代で切れているんだ。本家のほうは、今どうなっているか分からないが、おじいさんには兄弟はいなかったし、今や血族はない。養子に入った私が跡取りで、あとはシルビアと、私の養子十人か。ウィルキンソンは、もうそれだけしかいない。しかも全員、血のつながりはないと来た」

エルドリウスはおかしげに笑ったが、フライヤは笑っていいものか迷った。きっと奇妙な顔をしたに違いない。エルドリウスは話を変えた。