そのころ、ルナたちは久しぶりに女四人だけでK06区に来ていた。

 この四人で集まるのも久しぶりである。リサと、キラと、ミシェルとルナ。宇宙船に乗ったときのメンバーだけで。

 

 「フレンズ・ドーナツ、マジ久しぶり!」

 至福という顔をして、新作のもちもちドーナツに齧り付いているのはリサである。

 

K06区は、数えきれないほどの移動販売車が、店舗代わりの区画だ。その移動販売車の中に、「フレンズ・ドーナツ」というチェーン店を見つけたのは、ルナだった。

ルナはアズラエルと一緒に来たときに、いの一番にフレンズ・ドーナツの移動販売車を発見した。L77にいたころは、ルナたちもよく通った、若い女の子であれば頻繁に通うはずの可愛らしいドーナツ専門店である。ルナたちが現在住んでいるK27区にはなく、大きなショッピング・モールのあるK12区にもなかった。この移動販売車を見つけたとき、ルナは大喜びでドーナツにありついた。そして、ルナと同じく、この宇宙船内でフレンズ・ドーナツのドーナツを食べることを諦めていた同胞にも、むろん知らせたのである。フレンズ・ドーナツのために、久しぶりの四人の会合は、K06で行うことに決まった。

「いやあ、まさか、こんな近くにあったなんて思わなかったわ」

キラも、ピンクのチョコレートでコーティングされた、けばけばしい色のドーナツを口に運びながら言った。キラは随分長いことこの区画に住んでいたはずなのに、気づかなかったというのである。そのセリフは、キラがどれだけ自由を拘束された生活を送っていたかということを、ルナたちにも知らしめた。ほとんど出歩かないルナではあるまいし、あっちこっちを飛び回り、いつも大好きなものに目を光らせているキラが、フレンズ・ドーナツを見逃すはずはない。

 

「おお、リサふたつめ」

「このもちもちドーナツ、マジ旨い。抹茶のヤツ買ってこようかな」

「あ、あたし黒糖のヤツ食べたい。もう一個ずつ買ってこようか」

「あたしもレモンクリーム挟んであるやつ買う〜」

「フレンズ・ドーナツのCM流れるたびにさ、食いたいって思ってたんだけど、宇宙船内にないから仕方ないって諦めてたもんねえ〜、ルナ、マジありがと教えてくれて!」

「いやいや、あたしが見つけなくても、そのうちキラが見つけてたと思うよ?」

女四人は、キラの結婚式の打ち合わせのために集まったはずなのだが、とりあえずドーナツに夢中であった。女とはしかるべきものである。花より団子。用件よりお菓子。彼女たちが本題に入ったのは、フレンズ・ドーナツの販売車を二往復して、思う存分、ドーナツで腹を膨らませてからであった。

 

「そんで、キラ、結婚式はマルカでやるの?」

「うんそう。マルカのレストラン貸切り予約した」

 

“マルカ”とは、リリザと同じく、地球行き宇宙船が立ち寄る、リゾート惑星である。この五月頭、――あと数日で到着する、水のアミューズメントパークの星。惑星のほとんどが海に覆われていて、ホテルや遊園地、さまざまな施設がすべて海の上に浮かんでいるか、水中であるという星だ。停泊期間は一週間という短い間だが、その間、乗船客はマルカへのフリーパス券が無料で支給され、自由に惑星へ降りられるようになっている。

ちなみに、地球到達までにあとふたつのリゾート星に寄り道する。E353エリアと、アストロスという惑星である。

 

 「会費制の結婚式だよ。ああ、えっと、レイチェルたちがマタドール・カフェでやった感じの、もうすこし規模が大きいやつ。でも、どっちかいうと小規模なほうかもね。あたしもロイドも、そう友達多いってわけじゃないし。メアリーさんたちも呼ぶけど、結婚披露宴みたいな、スピーチとか多い、ガチガチなかんじにはなんないよ」

 ジルベールが仲間を集めて、ストリート・ダンス披露してくれるって、とキラが言うと、三人は歓声を上げた。

 

 「いーなあ……。マルカでレストラン・ウェディングかあ……」

 リサが、心底、いいなあというためいきを吐き、ミシェルが尋ねた。

 「マルカって、物価やすいってクラウドが言ってたけどマジ?」

 「ああ、マジマジ!」

 キラが勢いこんで、シェイクで噎せながら返事をした。

 「あたしもびっくりしたんだけどさあ。いろいろ、安いのよ! だから、あたしとロイドの貯金で、結婚式挙げられるんだよ! けっこうでっかいレストランでさ、L77とかで普通に貸しきったら、あの金額じゃすまなかったと思う。地球行き宇宙船の乗客が、マルカで結婚式すると三十パーセントオフとかいうのもあってさ、ぜんぶユミコさんが教えてくれたんだけどね!」

 「ユミコさんって、けっこう親切だよね〜。船内のイベント情報とかマメに教えてくれたりしてさ。悪いけどあたし、カザマさんよりユミコさんのほうがいいな。担当役員代わって正解だったかも」

 リサが言うのに、「ユミコさん、L7系の人だし年近いしね。あたしもユミコさんのほうが話しやすい」とキラも同意し、カザマさんもいい人なんだけどね、と舌を出して首をすくめた。

 ルナとミシェルは顔を見合わせる。ふたりは、ユミコも好きだが、やはりカザマのほうが頼りがいがあるというか、親近感のわく担当役員である。ルナなど特にそうだ。カザマは、もはや他人という気がしない。ずっと昔から知りあいだったような、そんな親しみがあるのだ。

 

 「あたしはやっぱ、カザマさんかなあ……」

 「あたしも……」

 ミシェルとルナのつぶやきを、リサとキラは特に否定はしなかった。

 「たぶん相性っていうのがあるんだよ、担当役員にも」

 「結婚式にはさあ、ユミコさんもカザマさんも呼んでるよ。来てくれるって」

 「キラ、お母さんは? お母さんには言ってあるの?」

 ルナが、そこで思い出したように聞き、キラは、声のトーンを一つ下げて、しみじみと言った。

 「いや、マジでさあ。良かったと思って」

 「なにが?」

 ミシェルが首を傾げた。

 「いやマジでごめんね? 結婚式、こんなに急いだのもさ、それがあって」

 

 キラは説明した。

去年から、メアリーたちと計画していた派手な結婚式。それは、最初から、マルカか、その次の惑星で行う予定だった。しかし、キラとロイドが別れたために、予定していた結婚式も実現が危ぶまれた。だが、もう二ヶ月以上も前に、キラの母親エルウィンは、マルカに向かって、L77を出ていたのである。

 「ええ!? そうだったの!?」

 「じゃあ、ロイドと別れてたら……」

 マルカまでは、L77から二ヶ月半もかかるそうだ。エルウィンは、娘の挙式のために、自宅で開いていたアロマの教室も長期休業にし、マルカへ向かっている。あのままロイドとキラが別れていたら、エルウィンがこちらへ向かっていることも、ぜんぶ無駄になるところだったのだ。

 

 「あたしも、最初はどうしようかと思った……。母さんになんて言ったらいいか、分かんなかったし」

 でも結局、ロイドと復縁できたおかげで、エルウィンの長旅も無駄にはならずに済んだわけである。ロイドたちの結婚を推し進めていたジェニファーと、適度な距離を保てるようになったために、結婚をそんなに急がなくてもよくなったわけだが、エルウィンが結婚式のためにこちらへ向かって出発していることも事実なので、当初の予定通りの日に結婚式をあげようと、ロイドが言ったのである。