「あたしの結婚費用のためにって、貯金してたお金使ってこっちに来てるわけだからさ。いや、もうほんとよかった」 「それ考えると――あんた、ロイドと別れるなんて、思い切ったこと――したよね」 ミシェルの呆れ顔に、リサが食って掛かった。 「や、だって、結婚は一生問題よ!? そんな、周りのこと考え過ぎて納得いかないまま無理に一緒になって、後悔する方が、のちのち、もっと周りに迷惑かけるって! だから、キラのしたことは間違ってないわよ」 「いや、リサの言うことはわかるけどさあ、これはロイドとキラがまたくっついて、ハッピーエンドだったから言えることでしょ?」 ミシェルとリサが言いあう中で、ルナはひとりもぐもぐと呆けた顔でドーナツを食べていた。急に喧々囂々になったリサとミシェルに、キラが慌てる。 「それよりさあ、リサも、いいなあって言うくらいだったら、一緒にマルカで結婚式挙げたら?」 キラが、大変にいい提案だというように言ったが、リサは顔をしかめた。それはそれは、嫌そうに。 「え? 誰と?」 今度は、三人で顔を見合わせた。誰とって、ひとりしかいないだろう。 「あのバカ男とって言うなら、よしてよね。あたし、アイツと結婚する気なんか毛頭ないから!!」 また、ミシェルと喧嘩でもしたのだろうか。だれかが尋ねる前に、リサが勝手に憤怒して叫んだ。 「あのクッラーイ執着オトコと結婚なんて、ぜったいイヤだわ! やっぱ、あんなのと付き合わなきゃよかった! あたしの一年、ムダにしたわ!!」 「ちょ、何があったの」 さすがに、ミシェルが聞いた。 「アイツぜったいおかしいって! 異常だって!! こだわりがハンパないのよ! 裁判裁判って、口開けばそのことばっかり。バカじゃないの!?」 リサは、少し涙ぐんでいるようだったので、だれもが――ルナでさえ続きを聞けずに、リサが話すのを待つしかなかった。気丈なリサが――恋人と何かあって、泣いているのをルナもはじめて見た。リサは、自分が相手に激昂するまで、だれかと長続きしたことはない。そんなに腹の立つ相手なら、即座に別れていたからだ。自分が涙ぐむほどのことがあるまで――だれかと付き合い続けたことはなかった。リサの激昂イコール、別れ、だったのだから。けれど、リサの言葉から想像できるのは、リサはまだミシェルの元から離れていないということだ。これほど怒っていても。 リサの言葉は、過去形ではない。現在進行形である。 「さ、裁判って、あの、裁判……?」 キラが恐る恐る聞いたが、リサはドーナツをむしゃむしゃと齧って、怒鳴った。 「せっかく久々に四人で会ったのに、あんなやつの話でつまんなくすることないって! だいじょうぶ! ごめん、あたしもヘンなこと言った。それよりさ、その水中レストランのこと、教えてよ! 周りの壁、ぜんぶ水槽なんでしょ?」 無理に元気を装ったリサを、ルナは心配そうに見上げたが、リサはマルカの観光地パンフレットを取り出し、「何着て行こうかな!」と楽しげに捲った。これから四人で、キラの結婚式に着ていく服を選びにいくのだ。 「あのさ、揃えない? 同じドレスでさ、色違い。あたしが赤で、ルナがピンクで、ミシェルが青!」 「え? ちょ、それならあたしもいれてよ〜!」 「だってキラ、ドレスもう作っちゃったんでしょ?」 「お色直しって手が、あるじゃん!!」 キラの台詞に笑ったリサの顔には、先の涙の影は少しもなかった。ルナは、アイス・ティーを啜りながら、何か言いたげに、うさぎみたいに口をもぐもぐさせた。 「ねえ、アズ、……ミシェルって、裁判って、なにがどうしたの?」 「てめえは、なんでピンクばっか買うんだ」 ルナの問いに、正当な返事は返って来なかった。ルナが何か言うまえに、アズラエルがルナの買ってきたピンク色のドレスをしげしげと眺めて呆れた声を出す。 「てめえの童顔はな、ピンクを着ると百倍増しになるってことが、まだわからねえのか」 ルナは目を真ん丸にし、ほっぺたも真ん丸にした。 「セクシーになりたきゃ、ピンクはやめるんだな」 どうせなら、黒とか、赤とか、と原色を並べるアズラエルの後ろで、クラウドが、こちらも悲鳴のような声を上げていた。 「ミシェル!! なんでまた青なの!? どうしてそんな寒々しい色ばっか……!」 「青の何が悪いのよ。綺麗じゃん」 「青って色はね、ひとの感情を鎮静化させるんだよ! ミシェルがイマイチ、俺との恋に情熱的になれないのは、色のせいもあると俺は思う!!」 「あんたが見かけに反して中身濃すぎるだけだとあたしは思う」 「ミシェルがそんな冷めたこというのも青のせいだ!!」 「じゃああんたは、あたしに何色着て欲しいのよ!!」 「し、白とか、ピンク、とか……」 「よりによって、あたしに一番似合わないカラーあげるか!!」 「似合わなくないよ!? 俺は似合うと思う!」 クラウドとミシェルも、アズラエルとルナも、バカップルには変わらないのである。ミシェルは泣きつくクラウドを足蹴にし、今夜着ていく服にはしっかりと水色のワンピースとグレーのカーディガンを選び、クラウドをおおいに嘆かせた。 今夜は、マタドール・カフェで、ロイドとキラの結婚式の前祝いだ。結婚式当日に来れない友人も招いて、ささやかな飲み会をひらく。ロイドに頼まれて、アズラエルは今朝予約を入れていた。 「ルゥ、おまえは、俺の買ってきた服着ろ」 「アズの買ってきた服? アズ、ふく買ってくれたの?」 ルナは顔を喜びに輝かせたが、アズラエルがブランド店の紙袋から出した服を見て顔つきが変わった。 黒い総レースのワンピース。大層丈が短いうえに、胸元がものすごく開いている――ものに黒のストッキングにガーターベルト。艶のある、靴先が丸いパンプス。 「あじゅ……」 「下着はこれな」 もはや紐でしかない紫のショーツを見せられたルナは、「……アズはとっても、趣味が悪いです」と呟いた。 夕刻七時を時計の針が刺したころ――ルナは、モスグリーンのワンピースの下に水色の小花柄下着を着てマタドール・カフェに向かっていた。うしろで、アズラエルがなにかぶつぶつ言っているが、ルナは聞かないことにした。総レースのワンピースは、クローゼットで眠っている。 ルナが、買ってきたワンピースを着なかったことでアズラエルは完全にへそを曲げて、ルナの質問にいっさい答えなかった。ミシェルの裁判のことも、教えてくれない。「知ってどうする」たしかに、そうですけれども。 ルナはいつも持ち歩いている、スモーキーピンクの小さなハンドバッグを振りかざしながら、ぽてぽて歩いていた。 パーティーは、ルナたちが来るころにはすでに盛り上がっていた。しかし、レイチェルたちの結婚式のときのように、人が密集して動く隙間もない、というほどではない。すでに来ていたリサとミシェルふたりとクラウド、ユミコとカザマ、レイチェルたち四人、ルナが知っているのはこのメンバーだ。あとは、キラのK37区の友達なのか、知らない顔が多かった。 「キラ、ロイド、あらためて結婚おめでとう!」 アズラエルは、店に入ったとたんに老マスターと話しだして、足が止まってしまったので、ルナは、先にキラたちに花束を渡すことにした。キラは、「うっわあ! 綺麗なバラ!」と大感激して受け取ってくれた。キラとロイドがいる、一応主賓席であるテーブルには、すでに花やプレゼントが、山積みになっていた。 「昼間も会ったけど、ありがと」 「ルナちゃん、ありがとう。……ほんとに、ルナちゃんとアズラエルには、感謝してもしきれないよ」 ロイドが、目を潤ませて言ったので、ルナはあわてて首を振った。あのとき、ロイドの相談を聞いたり、行動したのはアズラエルで、ルナは実質、なにもしていない。アズラエルの後ろをついて回っていただけだ。 お礼を言われるのさえ申し訳ない気がして、ルナは言葉を失って俯いた。 (――あたしは、なにもしてないよ) ロイドの知り合いなのか、何人かの男性がロイドの肩を叩いて挨拶して来て、ルナはキラにそっと目配せしてその場を離れた。今日はたいそう賑やかではあるが、席もぽつぽつ、空いている。みんな立ちっぱなしで話し込んでいるからだろう。いつも、ルナの姿を見ると真っ先に飛びついてくるレイチェルも、今日はルナの知らない子と盛り上がっていて、ルナが来たのには気づいていない。 ルナも、そこに入って行けばレイチェルはいつものように歓迎してくれるだろうが、ルナは、なんとなくその席に加わりにくかった。今日は、どうも元気がない。元気がないのは、このところずっとなのだが。 長テーブルに、マスターとデレクが作った美味しそうな料理が、バイキング形式に並んでいる。 (あのエビのサラダ美味しいんだよね) あれは、ふだんメニューに載っている、エスニックな味のエビのサラダだ。ルナはあとで取って来ようと決め、サラダの隣に、リサの顔を見つけた。 昼間、あれだけミシェルに対して怒っていたリサだが、一緒に来たのか、ミシェルと同じ席で、ルナの知らない男女カップルと話しこんでいる。ここだけ見ていると、キラとロイドと変わらず、仲がいい恋人同士にしか見えない。
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