「ロイドさん、では、もうひと方は?」

 カザマの質問に、ロイドはいったん俯き――それから言った。

 「彼は、乗るかは分かりませんけど――リック・T・ルビンスキーに、乗る権利を与えて欲しいんです」

 「三年目の四月末までが、つまり、来年の四月三十日までが、中途乗船可能な日付となります。それを過ぎますと、乗船資格はなくなりますが、それでもよろしいですか?」

 「いいんです」

 ロイドは言った。

 「彼はたぶん、乗らないと思う。でも、僕が、リックと仲良くしたいと思っていることは、伝わるんじゃないかな」

 「……。では、そのように致しましょう。L53のリック・T・ルビンスキー様あてに、地球行き宇宙船のチケットを贈ります。プレゼント用の包装はなさいますか?」

 「もちろん!」

 

 パーティーが終了の時刻だと、店のボーイが告げに来た。そろそろ二次会のために別の店へ移動する頃合いだ。もうパーティー会場に残っているのは、いつものメンバーばかりだった。誰が呼んできたのか――大概、メンズ・ミシェルに決まっていたが――セルゲイとグレンも会場に顔をだし、ロイドとキラに祝福の言葉を贈っていた。

 

 「みんな、今日はありがとう」

 ロイドとキラが、締めの挨拶をはじめた。みなに行きわたった最後のグラスの中身は、アルコール分が入っていないシャンパンだ。

 「エルウィンさんに」

 ロイドはグラスを掲げた。

 「僕たちをいつでも見守ってくれたメアリーさん、パドリーさん、僕たちの、おばあちゃんに」

 ジェニファーがご機嫌で、グラスを掲げた。

 「僕たちの大切な友人たちに――それから、L53から、僕たちのためにはるばる祝福に来てくれた、僕の兄――リックに」

 キラも、グラスを高く上げた。ルナもだ。

 「乾杯!」

 あちらこちらでグラスが鳴り、ルナはひといきでそれを飲み干した。ゴリラは来なかったけれど、チワワは来た。

素敵な、最高の、結婚式だった。

 

 二次会もマルカでの予定だったが、急きょキャンセルされて、地球行き宇宙船内で行われることになった。エルウィンも、地球行き宇宙船に乗れるように、カザマが猛スピードで手配を済ませてくれたためだ。

 アズラエルたちも、内心ほっとしていた。ルナの安全のためにも、なるべく早く、マルカを離れたい。

 酒を呑んだあとに、ペッシェに乗るのは自殺行為だ。ルナとアズラエルも、帰りはレストランが用意したスクアーロに乗り込み、安全快適な帰路についたのだった。

 「アズ、ゴリラ、来なかったね」

車内で、ルナは呟いた。

 「まだ言ってんのか?」

 もう結婚式は終わったのである。ゴリラにこだわり続けるルナに、アズラエルは不本意だが、帰ったらいの一番にサルディオネに連絡して、このゴリラで埋まっているうさぎ脳から、ゴリラを追い出してもらおうと考えたのだった。

 

 

 そして。

 

 「――へ?」

 ルナは、あまりに予想外の言葉に、マヌケな声しか出なかった。

 「ゴリラって……ゴリラって……デレクだったの?」

 

 電話機の向こうからは、サルディオネの笑い声しか聞こえない。

 『うん、そう。彼のZOOカードは、“シェイカーを振るゴリラ”。ゴリラがキラさんを浚いに来るって――その発想が、ルナらしいや!!』

 結局、サルディオネに電話がつながったのは翌日のことだ。ルナはそれまで、ゴリラゴリラと言い続けていた。

 ルナの夢の話を聞いたとたんにサルディオネは爆笑し、ZOOカードを並べて占ってくれたが、ゴリラはまったく、予想外の人物だった。

 だけど、あんな夢を見たら――キラの結婚式の日に、キラと同じ七色の猫が、ゴリラと結婚式をしている夢を見たら、だれだってそう思うはずだ。

 『そこはね、あたしも、間違ってたんだ』

 サルディオネも、ずっと見誤っていたのだという。

 アズラエルがロイドを救った、ということをZOOカードが表示し、ロイドの“裏切られた保育士”が“介護士のチワワ”になったあとも、ロイドとキラは仲直りし、こうして結婚するに至ったというのに、キラの“エキセントリックな子猫”はずっとルナのカードの周りを助けを求めて彷徨ったままだった。サルディオネは、おかしいと思い続けていたが、このあいだ、ようやく意味が分かったのだという。

 

 『あたしが、勘違いしてたんだ。ルナのカードの周りを周っていたのは、“エキセントリックな猫”、つまり、キラさんの母親のカードだったのさ』

 「エ、エルウィンさんの!?」

 『そう。あたしは会ってないから知らないけど、きっと、この親子はものすごく似ているんだね。外見も性質も。だから、カードもそっくりだった、それであたしも間違えたってわけ! キラさんは“エキセントリックな子猫”、エルウィンさん――は“エキセントリックな猫”。カードの絵も、似ているんだけど、しっかり見ればわかるんだ。子猫のほうは、周りにカレーとか、おもちゃとか、自転車とかが並んでるんだけど、、猫のほうは、香水の瓶が並んでいたり、音楽が流れていたりするんだ。似てるカードだけど、囲まれてるものが違う。早めに気づくべきだったよ』

 サルディオネが、あたしもまだまだ未熟ってことさ、と苦笑した。

 「エルウィンさんが、あたしに助けを求めていたの?」

 『そうだね。“エキセントリックな猫”の運命の相手は、“シェイカーを振るゴリラ”だ。彼女は、ゴリラとの縁を結んでほしかったのさ。無意識下で、ずっと願っていた』

 そうだったのか。

 『ルナが夢で見たのは、“エキセントリックな猫”と、“シェイカーを振るゴリラ”の結婚式だよ。きっと彼らも、宇宙船内で結婚すると思う。ルナの夢は間違いじゃないし、キラさんが裏切るってわけでもないよ。それから、チワワもそのとおり、“介護士のチワワ”の兄だ』

 ルナはやっと、納得した。でもやはり今回も、ルナは何かできた、という実感が湧くことはなかったのだが――結局、エルウィンが宇宙船に乗れるのは、リックが持ってきてくれたお金のお蔭だし、デレクの過去の傷が癒えたのも、ニックがこの写真を持って行けと、ルナの夢に現れて教えてくれたおかげだ。

 でも、幸せな結果になったのだから、それでよかったとしよう。塞いでばかりいても、はじまらない。

 

 「デレクが――ゴリラ――」

 ルナの頭に浮かんだのは、一つの光景だった。ルナにも、やっとわかったことがある。

 

 サルディオネとの電話を終えると、ルナの報告を待っていたクラウドに、ルナは全力で関係のないことを叫んだ。

 「あたし、ラガーの店長さんが、デレクに勝てないわけがわかった!!」

 ラガーの店長、という語句に反応したのはアズラエルだった。「ゴリラの話してたんじゃねえのかよ。なんでオルティスが出てくんだ? あいつ、ワニだろ?」

 ミシェルもテレビを見ながら、「なんで?」と聞いてきた。

 

 「あのね、ラガーの店長さんはわにだから!」

 「うん……」

 「そしてデレクはゴリラだから!」

 「ゴリラって、デレクのことだったの!?」

 ミシェルがびっくりして、棒アイスを口から落とした。

 「ゴリラって、デレクかよ……」

 アズラエルの口元が、笑うのを我慢しているようにヒクついている。

 「デレクが、ゴリラ……」

 クラウドもにやっとした。そういえば、デレクは力持ちだし、着やせして見えるが体格はいい。それに、酒瓶のケースを持った姿が、ゴリラに見えなくもない。

 「わにだから、ゴリラにひっくり返されたら起き上がれないの!!」

 リビングにいた四人の頭に共通して浮かんだのは、デレクの顔をしたゴリラが、オルティス顔のワニをくるんくるんとひっくり返している光景だった。オルティスは、いつもデレクに転がされて負ける。

 

 「ぶっほ!!」

 ミシェルが鼻からもアイスを噴いた。「きたねえ!」アズラエルの悲鳴。

 「ふぐっ……ぐ、ふふ……!」

 ルナは、クラウドはどうせなら腹を抱えて笑ったほうがいいと思った。中途半端は、見苦しい。

 「わには、ごりらには勝てません」

 なぜかルナが威張って、仁王立ちして言うのに、ついにアズラエルも噴き出したのだった。