こちらは、グレン宅。

 キラたちの結婚式が終わり、ルナが宇宙船に乗るのを見届けた後、二次会に誘われたのを断って、グレンは自宅へ帰った。エレナが、迎えてくれた。

 「おかえりグレン。ルナは元気だったかい」

 「ああ、相変わらずだよ」

 「ルナと会って、おしゃべりがしたいよ、あたしも。あ、そうそう、さっきあんたに小包が来てたよ。一応あたしがサインして受け取っておいた」

 「小包……?」

 手渡されたそれは、十五センチ四方の、小さな小包だった。発送先は、L18、「OB企画」……?

 グレンには何かを注文した覚えも、この「OB企画」とやらにも心当たりがない。軽く振ってみると、かさかさと音がした。固形物が入っている。

「ありがとな」グレンはとりあえずエレナに礼を言い、自室に入って、受話器を取った。

 

 『はい、こちら中央区郵便庁舎です』

 「グレン・J・ドーソンだ。今日、ウチに届いた荷物のことについて聞きたい」

 『少々お待ちください』

 音楽が流れ、やがて別の人間に代わった。

 『お待たせいたしました。お荷物のことで不審な点がございましたか』

 「L系惑星群から届く荷物は、厳重なチェックをしてから宇宙船内に入るだろう? おかしなモンじゃないと信じたいが、中身がどんなモンか、だいたいの形でいい。教えてほしい」

 『承知いたしました。お荷物番号をお教えください』

 グレンが、小包に記載されている番号を告げると、ふたたび「少々お待ちください」。今度は音楽は流れなかった。すぐに、返答が返ってくる。

 『……中身は、鍵の形をしています。アンティークによくあるような、大きめの鍵です。それが羊皮紙に包まれています』

 「鍵……?」

 『ええ。覚えのないお荷物でしたら、返送いたしますが……』

 「いや、いい。ありがとう。大丈夫だ」

 グレンはそう言って、受話器を置いた。引き出しからペーパーナイフをだし、ガムテープを慎重に切った。開けると、中にはたしかに羊皮紙――古い手紙が出てきた。黄ばんでいて、赤い蝋でシーリングしてある。こんな気取った真似をするのは、ドーソン一族くらいだろう。案の定、蝋に押されている紋章はワシ――見慣れた、ドーソンの紋章だ。

 

 “グレン・E・ドーソンから、グレン・J・ドーソンへ”

 

 グレンは、驚かなかった。ほんとうに、鍵が届いた。椿の宿へ旅行に行き、不可思議な夢を見たことは覚えている。どこからどこまで夢だったか。いまだに、夢の細部は思い出せないが、あの真砂名神社のギャラリーになにかがある。それだけは分かる。たしかにあのとき、百三十年前のサルーディーバは「鍵を大切にね」とグレンに言った。

 グレンは、丁寧に手紙の封を開けた。中から、大ぶりの鍵が出てきた。グレンは鍵を眺め、それから引き出しにしまおうとして、やめた。いつもズボンの後ろポケットに突っ込んでいる財布に、それをしまい入れた。そして、鍵と一緒に入っていた手紙を開く。

 

 “私の願いは、君の願いだ、グレン。鍵を託す。ドーソンの運命に、終止符を。”

 

 グレンは手紙を引き出しの奥へしまった。鍵のことは、誰にも言わなかった。

 

 

 

 さて。

 キラとロイドの結婚式からひとつきも経たないうちに、マタドール・カフェには、三人目のスタッフが姿を見せるようになった。それはエルウィンだ。女性がいると、やはり雰囲気が違うねと、老マスターも嬉しげだ。

 急きょ、宇宙船に乗ることが決まってしまったエルウィンは、L77に戻って、また宇宙船に戻ってくるのに半年の期間をかけるよりかは、と、すっかり諦めて、宇宙船にいることにしたのだった。長期休暇は、もっと長期休暇になった。もともと、水道やら電気やらはすべて止めてきたし、なけなしの財産が入った通帳や貴重品はすべて持ってきていたので、そのあたりの心配はない。

 そして、もうひとつ。

 ロイドはリックからメールが返ってきたと、大興奮で皆に報告した。

 ロイドが長々と書き綴ったメールに、「メールは読んだ」だけの短い返事だけだったが、大きな進歩だとロイドは言う。ロイドが送った地球行き宇宙船のチケットに対してのコメントも、なにもなかったが。

 だが、ロイドが知らなくても、地球行き宇宙船のチケットは、ちゃんと包装されて、リックの元に届いていた。リックはそれを捨ててはいない。引き出しの奥にしまっていて、たまにそれを取り出して、静かに眺めるのだった。

 

 コーヒーカップの陰で泣いていたチワワが、チケットを握りしめて歩き出したことは、月を眺める子うさぎだけが、知っている。