「アズ! アズ! アズ、あれ!!」

「分かった。おまえの言いたいことは分かった」

空は、キラキラと光が差し込む水面だ。おそらく、水上からはこの街が見下ろせるのだろう。水中都市とはいっても、水面がはるか上空にあるので、圧迫感はない。

ルナが興奮状態のうちに、ペッシェは大きなレストランの前で停車した。結婚式場であるレストラン・ポルバッカは、緑と金の外壁の、宮殿のような装飾で、ホテルと見まごうようなレストランだった。

 

「レストラン・ポルバッカ前デス。ゴ利用、アリガトウゴザイマシタ」

アズラエルが先に下りた。首が痛くなるほど全力で真上を見上げていたルナは、下りてから、ぺたりとしゃがみこんだ。

「アズ、ジェットコースター乗った後みたい……」

目が回る、というルナに、「抱っこしてやろうか」と半分本気で行ったら、ルナは立ちあがってすたすた歩きだした。どことなく斜めに傾いているが。抱っこは嫌らしい、可愛いヤツめ。アズラエルは舌打ちした。

レストランに入っていく、ドレス姿の女性たちやスーツの男性陣は、まちがいなく結婚式の招待客だろう。ミシェルとクラウドの姿はない。もうレストランの中へ入ったのだろうか。

 

「あれ?」

ルナは、ぐるぐるしている眼球で、予想外の人物を見つけた。

「デレク」

 

相手も、ルナたちの姿を見つけて破顔した。

「やあ! こんにちは。ルナちゃん、このあいだはありがとう……って、アズラエル、怖い顔しないでくれよ」

デレクの苦笑は無理もない。アズラエルの顔は完全に不審丸出しだったのだから。

「よう。このあいだは世話になったな」

「世話になったって顔じゃないよアズラエル……」

 

アズラエルの凶悪顔は、先日の、キラとロイドの結婚パーティーであった出来事が原因だ。デレクもルナも、他意はなかった、ほんとうだ。やましいことなどなにひとつなかったが、ふたりきりで、暗がりでこそこそしていた(アズラエル視点)という事実は、誤解を生むにはじゅうぶんな状況だった。

ルナもあのあと、家に帰ってからもさんざん問い詰められた。ミシェルは庇ってくれたが、クラウドの感性はアズラエルと同じL18級なので、「誤解を生むような行動をしたルナちゃんが悪い」と庇ってはくれなかった。ルナはアズラエルの嫉妬深さをこのところ忘れていたので、久しぶりに思い知る、格好の機会ではあった。

 

「いや、もうほんと誤解だからさ、あれは……」

デレクとルナが、いくら弁明してもアズラエルは疑わしい目を向けてくるだけだった。ふたりしかあの場にはいなかったので、アリバイを証明してくれるだれかはいない。

アズラエルも、ふたりの必死な説得と、ほかの男の痕跡がないか、ルナの身体をちゃんと確かめたので、一応は納得したはずだったのだが。

 

「あ、あの、もう行くね? 俺も時間だから……、」

「デレクも、キラの結婚式に招待されてたの?」

ルナがあわてて聞くと、デレクは「いや、招待ではなくて」と言った。

「キラちゃんに、結婚式でカクテル作ってくれないかって、このあいだ依頼されて。それで」

「そうだったんだ」

じゃあ、今日はデレクのカクテル飲めるんだね! とルナが嬉しそうに言うと、デレクは「ちゃんと薔薇のリキュール持ってきたからね」と笑い、「じゃあ、またあとで」とアズラエルにも苦笑を返して、慌ただしく裏口へ走って行ってしまった。

 

「あの野郎……逃げやがって」

「アズ、ほんとのほんとに、デレクとはなにもないんだよ?」

ルナがおずおずと言い、アズラエルの指を握ると、アズラエルがルナの小さな手を握り返してきた。痛いくらいに。「何かあったら、これじゃすまねえよ」

 

ルナは、うさぎ口で困った顔をしていたが、突如、うさ耳がピーン! と立った。クラウドが居たら、間違いなく「カオス……」と呟くであろう状態。

ルナは、デレクに会ったがために、思い出したのだ。

「アズ、アズアズアズアズアズ!!」

「なんだ? うるせえな」

アズラエルの不機嫌も、うさ耳の立ったルナには効かない。

「忘れてた! ほんとに忘れてたよあたし!」

「なにが」

今更忘れ物か? 諦めろと言ったアズラエルに、ルナはぶんぶんうさ耳を振った。

「ちがうよ! 今日、キラのママが来てるの! エルウィンさんが、来てるの! マルカに!」

それがどうしたと言いかけたアズラエルも思い出して、こちらはライオンのたてがみがバッと開いた――わけはなかったが、「……ああ、忘れてたぜ俺も」と舌打ちした。

 

以前、ルナに約束したのだ。キラの母エルウィンと、デレクを逢わせることに協力すると。それは、リリザでした約束だ。

ルナの夢の話から、デレクとキラの母親エルウィンが、もしかしたら、L19で同じ軍隊にいたかもしれない――エルドリウス直属の部下として――という可能性があった。

キラが結婚するにあたって、心配していたのは母親のことだった。キラが結婚し、ロイドともに地球に行くにしろ、L5系の星に行くにしろ、母親をL77の実家にひとりにしてしまうことを、キラは、それはそれは心配していたのだった。あのころは、ロイドがジェニファーたちと地球住まいをするか、L52に行くと言っていたために、キラの心配があったのだが、今はロイドのほうが、L77でキラの母親と一緒に住もうと言っているらしいので、その心配はなくなったかもしれないのだが。

 

ルナがエルウィンとデレクが知己かもしれないという夢を見たのは、キラの心配が大きかったころだった。だからルナは、エルウィンが寂しくならないように、デレクと再会できればいいんじゃないかと、単純に考えたのだった。

普通なら、L77にいるキラの母親と、地球行き宇宙船にいるデレクを逢わせることは不可能に近いのだが、今日は、デレクとエルウィンが同じ惑星にいるという、千載一遇のチャンスだ。アズラエルも、「逢わせることができるかもしれない」とルナに言ったのは、キラとロイドの結婚式が予定されていたからだ。その場なら、エルウィンが来る可能性もあった。そこにデレクを呼ぶのは、難しいことではない。

今日キラがデレクを結婚式場に呼んだのは偶然だとしても、今は、デレクとエルウィンが会うことは、困難なことではないだろう。同じ会場にいれば、顔をあわせることはできる。