「だけどなあ、ルナ」

アズラエルは顎鬚を摘まんだ。

「二人が会ったからって、恋人同士としてくっつくかどうかってのは、別の話だぞ? 久しぶりだな、懐かしいな、で終わる可能性のほうが高い」

 

アズラエルの言うとおりだった。

ルナが夢で見たのは、デレクとエルウィンが同じ部隊にいて、エルドリウスの部下だったということ。そして、キラが、エルウィンと地球行き宇宙船に乗っていたらという、「もしも」という形の夢で、デレクとエルウィンがマタドール・カフェで再会し、昔話に花を咲かせるという、たったそれだけに過ぎない。

あの夢で、ふたりが恋人同士になったとか、結婚しただとかいう結末は、見ていなかった。

デレクとエルウィンは、同僚ではあっても、何十年ぶりかに偶然出会って、一発で互いが分かるほど親しかったのだとしても――恋人同士だったという可能性は低い。デレクには婚約者がいたのだということを、ルナは先日知ったばかりだ。十年前に別れた、十年来の婚約者ということは、デレクがエルウィンの同僚だった頃、デレクはすでに婚約者がいたということ。つまり、エルウィンとデレクはただの同僚で、それ以上でも以下でもない。

同期であれば、懐かしさに旧交を温めるくらいはするだろうが、アズラエルの言うとおり、恋人同士になるところまで発展するかというのは、別問題だった。

 

 「うぅ……」

 ルナはふたたびうさぎ口になったが、もっと問題はある。もし、もしもの話だ。たとえばエルウィンとデレクが、結ばれるさだめであったとしても、現実のエルウィンには限られた時間しかない。エルウィンがデレクと旧交を温められる時間は五日しかないのだ。

 地球行き宇宙船が、マルカに停泊する期間はあと五日間。エルウィンは、ルナの夢の中とは違い、今は宇宙船の船客ではないから、彼女は宇宙船には乗れない。

 もしも、これからゆっくりふたりが分かりあって、愛情を育てていくことになるとしたなら、五日間は短すぎた。せっかく縁があっても、交流が、五日しか許されないなんて。

 でも、エルウィンには、地球行き宇宙船のチケットを買うだけのお金はない。地球行きの宇宙船チケットは、オークションで一億の値がつく。L77で平凡に暮らしている家庭に、チケットを落札できる資産などあるわけはない。ルナたちだって、チケットが当選しなければ、宇宙船には乗れなかった。

 エルウィンがマルカに来るのだって、旅費は往復百万以上もかかっただろう。マルカ自体、簡単にこれる距離ではない。エルウィンは、キラの結婚資金にと貯めていたお金でここまで来たのだ。

 

 「アズ」

 「ン?」

 「……やっぱり、エルウィンさんが地球行き宇宙船に乗るには、チケット買うしかないんだよね?」

 「……そうだな。あるいは、デレクと結婚するか、か?」

 地球行き宇宙船の役員と結婚すれば、乗れるらしいが。でも五日でそこまで話が進むかどうかを考えると、楽天的なルナでさえ無理だと思った。

 「アズ、だれか寄付してくれそうな人いない?」

 「一億か? はは、無理だろ」

 アズラエルはおざなりに返事をした。道路向こうに、華やかな商店街に違和感丸出しの軍人の影が、見えたからだ。あれを、ルナに見せるわけにはいかない。この子ウサギは、ボケウサギでいて、妙に勘がいいところがある。

 「おいルゥ。こんなところでくっちゃべってないで、入るぞ。キラのおふくろさんが気になるのはわかるが、今日はキラとロイドの結婚式だぞ」

 「あ、うん。そのとおりだ」

 ルナは、アズラエルに肩を抱かれるようにして、レストランへ入った。入った途端に、向こうの道路で軍隊が移動し始めたので、アズラエルはヒヤヒヤした。あのままあそこにいたら、確実にルナの視界にも入っていただろう。

 

 ロビーに入り、受付を探して奥へ行くと、見慣れた顔を見つけてアズラエルは瞬時にルナを別方向へ向かせようとしたが、無理だった。ルナが気付いてしまった。

 

 「あれ!? グレン! セルゲイ!!」

 アズラエルは大げさに舌打ちし――今日三回目――ルナの声に、満面の笑顔になった邪魔男ふたりがこちらへ寄ってくるのを、我慢しなければならなかった。

 「ルナちゃん」

 「久しぶりだなルナ。俺のスイートハート、愛してるぜ」

 「てめえはひとことも二言も、余計なんだよ」

 アズラエルの凄みが利く相手だったら、こんなに苦労はしなかった。ルナをめのまえにしたとたんに白い小さな手を取ってキスしたグレンに、アズラエルはビームでも出そうな眼力を向けたが、効果はゼロだった。

 「ふたりとも、キラとロイドの結婚式に招待されたの?」

 ルナは聞いたが、そんなわけはない。リサかミシェルなら二人を招待するだろうが、キラはこのふたりにはまだ、あまり面識がない。アズラエルには分かっている。このふたりがここにいる理由を――。

 

 「いや、私たちは観光」

 セルゲイが微笑んで言った。

 「このレストランが美味しいって、ガイドブックにも載ってたから来てみたんだけど、結婚式で貸切りだっていうから、残念だねって話してたところなんだ」

 セルゲイの嘘に、とくに不自然はなかった。ルナは頷き、

 「カレンたちはいないの?」

 「カレンとジュリでデートしてるよ」

 「で、おまえらは男二人でデートってわけか」

 アズラエルが皮肉を言うと、グレンのこめかみがピシッと鳴った気がした。

 「おい、イカレ顎鬚やろう」

 アズラエルの新たなあだ名ができたようだ。イカレ顎鬚やろう。今度ケンカしたら言ってやろう。ルナは、ひとりでぷくぷく笑った。ボケウサギは数十秒後にその言葉を忘れたが。

 「てめえをペッシェに括りつけて、マルカじゅう走り回らせたっていいんだぜ?」

 ルナは、それは大変だと思ったが、アズラエルは、

 「ペッシェに乗ったのか? てめえのただでさえ薄い髪が向かい風にハゲ上がるさまが見たかったぜ」と反撃した。

 ふたりが胸ぐらをつかみあっただけに留まったのは、セルゲイが閻魔顔をしたせいもあったが、第三者の存在が現れたからだった。

 

 「ルナちゃん、キラちゃんのドレス、すごく綺麗だったよ。見てきたら?」

 クラウドだった。エルウィンさんもいたよ、というクラウドの台詞に、ルナはふたたびうさ耳をピーンと立たせて、「グ、グレン! セルゲイ、ごめんね、またね!」と言って、クラウドが来た方へ駆け出して行った。

 ルナの後を追うように――す、と警備員が動いた。それを見咎めたアズラエルとグレンを、クラウドが制した。

 「心配しないで。あれは警備星のSP。このレストランのなかでは、ルナちゃんは絶対にひとりにしない。廊下向こうにミヒャエルもいるから、大丈夫」

 「あっカザマさんこんにちは!」というルナの元気良い声と、カザマの声が聞こえたので、アズラエルもグレンも、そしてセルゲイも安心して肩の力を緩めた。


 「なにが観光だよ。ルナの様子見に来たんだろ?」

 ルナがロビーからいなくなったのを見計らい、アズラエルが呆れ声でグレンとセルゲイに言うと、ふたりは当然だとばかりに頷いた。

 「あたりまえだろ。ルナがマルカに下りるって聞いたときはビックリしたぜ」

 「ルナちゃんは、マルカに下りるのを禁止されてると思ってたしね」

 「誰がおまえらに知らせたんだよ」

 「カザマさん。ついでに言っておくと、バグムントさんとチャンさんも、来てるよ。ふたりは、L20の軍隊のほうにいるけど」

 セルゲイはそう言って、親指をレストランの外へ向けた。さっきの軍隊と、ふたりは行動を共にしているのか。

 「私たちが何かできるってわけじゃないんだけど、じっとしていられなくて」

 「俺たちも、結婚式が終わって、ルナが宇宙船に戻って、安全が確認されるまでこのあたりぶらぶらしてるさ」

 「ヒマ人め」

 「うるせえよ」

 グレンとアズラエルはいがみ合ったが、アズラエルはグレンに帰れとは言わなかった。

 

 「まあでも、もしかしたら、今回は大丈夫かもしれないね」

 セルゲイが、顎に手を当てて呟いた。

 「ただの勘だけど。私のルナちゃんセンサーが反応する様子はないし、それに、マルカは星全体が海だということもあって、自由な行動がしにくいと思う。メルヴァに不利だと思うよ? この星は」

 セルゲイの意見に、クラウドが同意した。

 「うん。さっき、ミヒャエルともこっそり話してたんだけど、俺も、彼女もそう思っている。この星は、メルヴァには不利だ。まず移動手段がすくない。入星審査も厳しいし――それはまあ、アストロスやE353も同じだけど――とにかく、自由がきかない。色んな町も、入り口と出口が限られているし」