「こんなことを言うのは今更だけど、」 セルゲイは、遠慮がちに、言葉を選びつつ――言った。 「その、ルナちゃんがメルヴァに命を狙われているっていうのは、……ほんとのことなんだよね?」 本当に今さらだ。今更何をという目を、三人から向けられてセルゲイは、大慌てで両手を振った。 「あ、いや、ごめん。――でもさ、あまりにその、……信じられなくて」 信じられない――なかば疑っているのは、セルゲイだけではない。それはグレンもアズラエルもクラウドも同じだ。三人が、肩を落とすようにしてため息を吐いたのが、その証明だった。 ルナが、メルヴァに命を狙われるという事態は、あまりに荒唐無稽で非現実的。それは、セルゲイだけでなく残り三人も十二分に分かっている。今のところ、不確定要素が多すぎるのだ。高等予言師だかなんだかが予言したからといって、はいそうですかと納得できるほど、この四人は素直ではない。メルヴァが「ルナを殺害します」と予告状でも寄越せば信じられただろうが、予言だけでは現実味がない。 どちらかというと、目に見えぬものを信じようとはしないほうの彼らを、こうして動かしているのはルナへの愛情と、それからルナの夢や、周囲に起こる不可思議なことのせいだった。ルナの周囲に起こる出来事は、彼らの理屈ではどうも解決できないことが多すぎる。 「……まァ、セルゲイの言うことも分かる」 クラウドが、腕を組んで大きく嘆息した。 「俺だって、ミシェルのためじゃなきゃ、こんなに考えたりしないよ。でも、ミシェルの幸せには、どうしたってルナちゃんの存在は無視できないから」 「……」 「その予言がほんとうかどうかはまず置いといて、ルナちゃんの安全を確保するということは、ミシェルの安心にもつながるからね」 「ほんとうか、どうかか」 グレンも天井を仰いだ。 「そうだよなァ。メルヴァが姿消して、L系惑星群のあっちこっちで戦争の火だねつけ回ってンのは事実だが、それがルナをどうにかするってことと、イコールにはならねえしな」 「俺だってな、まともに考えてちゃ頭がパンクするぜ。だけど、ルナの安全が脅かされるってのは困る。それだけだ」 グレンの言葉尻をアズラエルが拾い、続けた。 「メルヴァがルナを狙ってんのが本当なのかウソなのかはどうでもいい。俺はルナの安全を守るだけだ」 「うん……」 セルゲイは、複雑な顔で、それでも頷いた。 「なァおい」 グレンが話題を変えるように、クラウドに聞いた。 「おまえの特殊GPSで、メルヴァの居場所、割り出せねえのかよ」 クラウドは、「メルヴァの情報が、圧倒的に少なすぎる」と肩を竦めた。 「あれは、衛星を使ったGPSのほかに、特定の人物のありとあらゆる情報をインプットして場所を割り出すんだけど、メルヴァの情報が、少なすぎるんだ。一応、メルヴァの情報はある程度いれているんだけど、マルカだけで、三人は、メルヴァがいるよ」 「……使えねえなあ」 「おまけにね――メルヴァはたぶん、このGPSの存在を知っている」 クラウドの嘆息に、男三人は「どういうことだ?」と詰め寄った。 「このGPSは、俺一人で作ったものじゃない。心理作戦部時代に、俺がL31の科学者と共同研究したやつだ。だから、俺が持ってるのと同じものが、L31にもある」 クラウドは、拳銃ホルダーの影から、GPSを取り出した。今日は、クラウドとアズラエルは特別に、レストラン内での銃とコンバットナイフの所持を許可されている。 「GPSに関しては、これが今、L系惑星群で最先端だと思う。だからこれが、メルヴァの追跡にも使われたんだが、結果だけ言えば、まるで役に立たなかった。遊ばれて、終わりだった」 「遊ばれて……?」 アズラエルが顔をしかめた。 「文字通り、遊ばれたのさ。メルヴァはL系惑星群のあちこちに現れた。このGPSはそう表示した――まあ、それだけであれば、中途半端な情報のインプットのせいで、メルヴァと似た容姿、背格好の人間を、メルヴァと認識してしまう機械のほうのあやまりさ。でも、そうじゃない。このGPSがメルヴァだと探知したとある場所に、特殊部隊が駆け付けたら、そこにあったのは“はずれ”と書かれた、人形だった」 「はあ!?」 グレンが叫んだ。 「人形だと!?」 「そう。――このGPSは、人間しか探知しないはずなのに。無機物は、いくら人の形をとっていても探知しない。なのに、それを認識したというのは、機械のエラーというより、わざと、メルヴァが――“探知させた”。……そのほうが、しっくりくると思わないか」 三人は、ぞっとしたのを、二人は舌打ちで、ひとりは深呼吸で誤魔化した。 「……L03の予言師は、そんなこともできるの?」 セルゲイの独白に、クラウドは神妙な顔をした。 「俺はさ、もうずっとまえから、思っていたことがある」 「なにを?」 「L03の予言師って生き物は、どれだけのことを予言できるのか――高等予言師は、日常の些細なことは予言できないが、世界を揺るがせる大事態は予言できるのだって。下級予言師は、逆にそういう、広範囲に影響を及ぼす事象の予言はできないけど、明日の天気くらいはわかる予知力がある。それが正確さを増せば増すほど、下級から中級へ上がるのであって、高等予言師と、下級から中級の予言師とは、まったく別物なんだってね。そして、サルーディーバとメルヴァっていうのは、その両方の予言の能力を備えていて、特にメルヴァは、千年に一度現れるということもあって、予言できないものはないとされている」 「……」 「考えたことはない? メルヴァが、このGPSが完成することを予知していたら? このGPSが、自分の追跡に使われることを、予知していたとしたら?」 「気持ち悪ィこというなよ」 グレンが、顔を拭った。 「いや、それだけじゃない。もっと、細かなこともだ。L25の特殊部隊がL31のGPSをつかって、メルヴァの探知をする、たくさんのメルヴァが現れた中の、どのメルヴァを捕らえに来るかも、いつ、何時何分に? どれだけの人数で? どんな会話をしたか? かれらの一挙一動を、すべて見通していたとしたら?」 人の明るい笑い声がさざめくレストランのロビーで、この四人の空気だけ凍りついた。 「……それじゃ、俺たちが今こうして話してることも、やつには全部お見通しってことになるぜ。それも、だいぶまえからな」 グレンは言ってから、自分の言ったことの不気味さに、ガリガリと頭を掻いた。グレンの言葉は、四人が四人、思ったことと同じだった。クラウドの言葉から、連想したこと。 「……そうなのかもしれない」 「おい、クラウド」 「少なくとも、心にかけておくべきだと思う。俺たちが敵としているのは、ただの革命家じゃない、予言師だってことをね」 三人は、言葉を失って黙り込んだ。クラウドの言葉をかるく考えるわけにはいかなかった。だが、こちらのすべての行動を読まれてしまうというなら――勝ち目は、ないではないか。 「予言師がなんだ」 深刻になった空気をぶち壊す声音で、アズラエルが唸った。 「カザマも言っていた――メルヴァだってな、人なんだって」 メルヴァとて人。捕まえようとおもえば捕まえられる。 ――殺せば、死ぬ。 「実体のない化け物を相手にしてンじゃねえ。メルヴァをルナに、近づけなきゃいいだけだ。俺たちはそれができる、違うか?」 アズラエルの力強い言葉に、クラウドの、半ば絶望的になっていた顔にも、赤みが差した。セルゲイとグレンの目は、最初から揺らいでいなかった。 「おまえらがやらなくても俺はやる。……俺はメルヴァにビビらねえ」 「アズは――そういえば、メルヴァに会ったことがあるんだったね」 クラウドの言葉に、アズラエルは目を細めた。 アズラエルには信じられないのだ、いまだに。なぜあのメルヴァがルナを殺す? なぜ殺さなくてはならない? マリアンヌがルナのために生きて死んだということを、逆恨みするような人間には見えなかった。 メルヴァは、あのガルダ砂漠で、涙をこぼしながらアズラエルに告白したのだ。ガルダ砂漠の戦争は、自分のせいだと。止められなかったことを恥じて。償わねばならぬと、泣いて。 償わねばならぬと口にし、泣いたメルヴァが、姉の償いを理解できないとはアズラエルは思わなかった。 そうだ。アズラエルは納得していない。メルヴァは、いくらマリアンヌを愛していたとはいえ、逆恨みでL77の平凡な少女を襲う人間ではない。そんな私事に走る人間が、革命を成功させ得るわけがないのだ。 ――なにか、ある。まだ、誰も分からない理由が。 その理由は、メルヴァ本人に聞かねば分からないことなのかもしれない。 アズラエルがいたたまれなくなるような純粋な瞳で。アズラエルとグレンの幸せを願うと、――アズラエルが宇宙船で出会う少女の幸せも願うと、そう言ったのだ。 メルヴァがなんでも見えるというなら、アズラエルが宇宙船で出会う少女がルナだということも、見えていたのではないのか? (俺は、信じない) きっとほかに、なにか理由があるはずだ。話し合えれば、もしかしたら、ルナの殺害は止めることができるかもしれない。 アズラエルは、そう考えずにはいられなかった。 |