「ルナちゃん、久しぶりねえ!!」

「お久しぶりです! うわーおばさん、変わってない!!」

「そんなに変わるわけないじゃない。まだ半年よ! でもルナちゃんは変わったわねえ。美人になった!」

ルナがエルウィンに会うのは、およそ半年ぶり――になるのか。ルナたちが宇宙船に乗るとき、L77の駅まで、見送りに来てくれた。

「キラが宇宙船に乗ってまだ半年だなんて、信じられないわ。すごく長かった気がするの。でも、たった半年で結婚まで決まっちゃうなんてね。たった半年! そんなふうにも思っちゃうのよ」

キラ程とは言わないが、相変わらず彼女も派手で、華やかだ。ド金髪のみじかい髪に、赤いカラーのエクステンションをいくつかつけ、化粧も、ルナの母親と比べてずいぶん濃い。キラほどエキセントリックな化粧はしていないが、アイラインをくっきりと描き、シャドウはグラデーションを深くつけて、つけまつげも忘れない目元の凝った化粧は、キラと同じだ。ドレスは銀色。どこかの歌手の、ステージ衣装のようだ。だがそれが、エルウィンに似合っていた。

 

「ほんとに、ありがとうね、ルナちゃん。キラの傍にいてくれて、ありがとうね」

エルウィンは、化粧が崩れるからあまり泣きたくないわねといいながら、もうすっかり目を腫らせていた。七色に輝く特殊な生地で作った、花のコサージュと星がちりばめられた派手なドレスと、ティアラにくっついたベールをひらひらさせ、キラは苦笑した。

 

「母さん、マルカで会ってから、泣きっぱなしなんだもん」

キラとロイドは、昨日からマルカのホテルに泊まっていて、おとついマルカに到着したエルウィンと、水入らずの時間を過ごしたのだった。

「だってね、ロイド君、ほんとうにいい子だったし、――メアリーさんたちも、ほんとうにいい方たちで……!」

そこまで言って、またエルウィンは喉を詰まらせた。エルウィンは、到着初日に、メアリーとパドリーと、キラとロイドとともにマルカで食事会をしていた。メアリーはエルウィンの母親と同年代だったので、まるで母親のようだと、エルウィンは泣いたのだった。エルウィンはL19を出てから、何十年も母親と会っていない。

 

「おばさん、記念だから、もう何枚か撮っておこうよ!」

リサは涙するエルウィンをキラの横に引っ張り、カメラを向けた。「もう、リサちゃんたら、」と苦笑いしながら、エルウィンは娘の横で、実に幸せそうな笑顔でピースサインをした。ミシェルがルナの隣に来て、こそっと耳打ちする。

「リサ、さっきもらい泣きしてんの。目赤いでしょ。ヘンにはしゃいでるの、絶対そのせい。あれ、多分キラのお母さんへのスピーチで、泣くよきっと」

あたしも泣くかも、とミシェルは笑った。

 ルナも、あたしも泣くかも、とリピートしながら、カオスなうさ耳がぴこぴこぴこと揺れっぱなしだった。ルナうさ、そわそわ仕立てである。ルナは、デレクのことを言いたくて言いたくて仕方ないのだが、どうも、さっきからタイミングがそれを許さない。

 今も、世間話ついでに、「宇宙船内においしいカクテルバーがあって、デレクっていうバーテンダーさんが居てね、」と喋りたかったのだが、リサがエルウィンを連れて行ってしまった。

 

 (キラの、ゴリラのこともきになるのに)

 さっき、ルナがこの花嫁控室に来るまで、ガタイのいい警備員とおぼしき人間が後ろにずっと、くっついてきた。ルナは、あれがゴリラかも知れないと思って、勇気を出して、「キラは、だめですよ。けっこんするんですよ」とぽそりと言ったら、「はい?」と裏返った返事が返ってきたのでルナは赤面して、「な、なななんでもないです!」と部屋に飛び込む羽目になった。

 ダメだ。体格のいい男の人が、みんなゴリラに見えてしまう。

 ロビーで男四人がメルヴァのことで頭を悩ませ、軍隊に警備員、特殊部隊が対メルヴァの防衛線を敷いているというのに、ルナの頭の中はゴリラと、エルウィンとデレクのことでいっぱいだった。

 

 「何かしら、あれ」

 ルナがうさ耳を垂らしたり跳ね上げたりしているときだ。窓の外の異変に気付いたエルウィンが、ぼやいた。

 「いやあね、犯罪でもあったのかしら。こんなところに軍隊がいるなんて」

 エルウィンの言葉に、キラもリサもミシェルもルナも、その部屋にいた全員が窓辺へ殺到した。

 (ぐんたい……?)

 エルウィンの言うとおり、レストラン向かいのエンゼン・ホテルのわき道に、軍が駐留している。エルウィンのいうとおり、観光地であるこの惑星に軍隊が駐留しているなんて、怪しい光景だ。

 「まさか、テロでもあるんじゃあ……」

 「でも、朝、そんなニュースはやってなかったわ。観光惑星でテロなんか起こったら、すぐ避難勧告が出るわよ。ましてや地球行き宇宙船だったら、危険だからマルカには下りないでくださいって、止められるんじゃない」

 不安そうな顔をしたリサを、エルウィンがなだめる。

 (なんだろ……事件でもあったの? マルカって観光地だから、戦争あるわけじゃないよね?)

ルナが軍隊に気付いたことを知ったら、アズラエルは「もっと隠れやがれ馬鹿やろう!」と怒鳴り込んでいたかもしれない。

だがルナが、メルヴァのことを思いだすことはなかった。

 

 「あれはL20の陸軍ね。鮮やかなブルーの軍服だもの」

 「詳しいですね、おばさん」

 リサの言葉に、キラが笑った。

 「ほんっと忘れてるけど、母さん、L19にいたんだよね。L19の陸軍っていうか、犯罪専門の救出部隊っていうか」

 「ええ? そうだったの!? 見えない!!」

 リサの素っ頓狂な声に、エルウィンは苦笑した。

 「もうずっと昔のことね。リサちゃんくらいのとき。L19の陸軍の軍服って、地味なのよぉ。だからあたし、L20の軍服が羨ましくってねえ。キレイでしょ? あのブルー。L20の方に行っておけばよかったって、何度も思ったわ」

 皆で笑い――エルウィンが懐かしげに窓の外に目をやったときだった。

 

 「え、L19って、デレクとおんなじですねっ」

 

 言ったのは、ルナだった。一番端から、なんだかもう、必死な顔で言っていた。

 「え? デレク?」

 エルウィンの疑問形の言葉に重なるように、キラが叫んだ。

 「えーっ!? デレクもL19出身なの!?」

 「う、うんっ! そう! エルドリウスさんっていう大佐さんの部隊にいたんだって!」

 ルナも叫び返すと、

 「え? エルドリウス大佐? 母さんも彼の部隊よ!」

 エルウィンが驚きを隠せない顔で叫ぶと、周りからも「えーっ!?」という歓声が上がった。

 「え? なに? デレクって、あのデレク? もしかして、カクテル作るのが上手とか――」

 エルウィンが、キラとルナの顔を交互に見て尋ねた。

 「そうそう! マタドール・カフェって、マジ旨いお酒出すお店が宇宙船内にあってさー。そこのバーテンダーなのデレクは! でも、マタドール・カフェのことは母さんに話したよ? ずっとまえ」

 「デレクがいるってことは、母さん聞いてないよ」

 「デレクなら、今日ここに来てんじゃん!」

 ミシェルが興奮気味に言った。「キラ、今日結婚式でカクテル作ってもらおうと思って、デレクに依頼したんでしょ?」

 「え……えーっ……、ほんとに?」

 懐かしいわあ、とエルウィンは両の掌で口を覆い、感嘆の声を上げた。

 「ウソ、マジ。母さんとデレクって知り合いなの!?」

 「ちょ、デレク呼んで来ようよ! 忙しいかな? うっそマジすごい、偶然!」

 キラとリサも大興奮でさわいだが、エルウィンはあわてて二人を止めた。

 「でも、あっちのほうが、母さんのこと忘れてるかも……」

 

 「皆さん、コーヒーいかがですか」

 

 コンコン、というノック音は、女たちの興奮気味の会話でかき消されていた。ロイドがドアを開けて、ようやく女性陣は、彼らの存在に気付いた。両手にコーヒーカップを載せたお盆を持っていたデレクはもちろん、ロイドも知らなかった。エルウィンとデレクが、今日、運命の再会を果たすということは――。

 

 「あっ、ありがとう、ロイドちゃん」

 エルウィンが、あわててロイドのほうへやってき、お盆で手が塞がっている、スーツ姿の男性の手から、ひとつお盆を受け取った。

 「ありがとう。いい香りね。コーヒーが欲しいところだったの……、」

 

 「エルウィン?」

 見知らぬ男性に名を呼ばれ、エルウィンは一瞬不審な顔をした。だが――彼は知らない男性ではなかった。今の今、彼のことをみんなで話していたばかりではないか。

 

 「デレク!?」

 エルウィンは驚きすぎてお盆をひっくり返すところだった。ひっくり返していたら、ロイドの白いタキシードが台無しになっていたかもしれない。