「エルウィン! エルウィンだよね!? なんでここに?」

 「あら、あたし、キラの母親よ!」

 「ええっ!?」

 告げられたデレクは、その童顔の、くりくりした目を思いっきり見開いて、キラとエルウィンを交互に見た。ロイドも同じだ。ロイドも、思いもかけない邂逅に、目を見開いていた。

 

 「え? 知りあい――なんですか」

 「そうよ! 知り合いなのよ。知り合いというより、もっと仲が良かったわ。ああ、おかしい。びっくりしちゃった」

 エルウィンが涙目にハンカチを当てている。デレクも目を白黒させながら、

 「そう。俺の憧れのひと。初恋だった」

 とほがらかに笑った。「はつこい!」反応したのはルナだけだった。リサもミシェルもキラも、びっくりするのが先で、互いに笑顔で見合ったが、言葉が出ない。

 

 「やだもう、何が初恋よ。ああ、恥ずかしい」

 エルウィンはデレクの肩をバシっと叩いて、

 「あたし、エルドリウス大佐の軍で浮いてたからねえ。そんなあたしと仲良くしてくれたの、デレクぐらいなもんだったし」

 「そんなことないよ……昔も美人だったけど、今も綺麗だよ。ねえ、キラちゃん」

 「え、いや、いまあたしなんて突っ込んでいいか……」

 「美人とか綺麗とかなんて、軍事惑星群の挨拶みたいなもんなのよ! あ、ほら、軍人が彼氏だっていうルナちゃんとかミシェルちゃんなら分かるでしょ」

 デレクは、苦笑している。でも、ルナには分かった。社交辞令なんかではない――ほんとに、デレクは、エルウィンのことがキレイだと思っていて――。

 

 「デレク、ほんとに久しぶりだわ――ああ、なんていったらいいか――びっくりよ。ねえ、忙しいの。よかったら、少し話しましょうよ」

 「あ、ああ、うん。――あと三十分くらいなら」

 時計を確認したデレクの足元は、どこか浮ついているようにルナには見えた。そうあって欲しいという、ルナの思いがそう見させるのだろうか。

デレクは室内に入り、エルウィンが隅の方に椅子を二人分持って行って、ふたりでコーヒーを片手に、笑顔を向けあった。

 

 「ね、ねえキラ――」

 「マジびっくりした。……何ロイド?」

 「今日、お母さんも結婚式挙げるとか言い出さないよね?」

 「ふぶっ!!」

 キラがコーヒーを吹いた。ロイドのほうを向いていなかったことがせめてもの救いだ。 

 「何言ってるのよ……。いくらなんでもそれはないでしょ」

 リサが呆れて言った。

 「キラ、デレクとエルウィンさんって、恋人同士だったの……?」

 ルナが聞くと、キラは複雑な顔をした。

 「いっやー……違うと思う。でもあたしわかんない。母さんはさ、あたしと一緒で、オトコより趣味優先のタイプでさ。さっきも言ってたけど、変わりもんだったから部隊で浮いてたんだって。だからあたし、母さんから、だれだれが好きだったとか、そういう話、聞いたことない……。父さんと結婚したのもお見合い結婚で、半分母さんの意志はないようなもんだったから、あれも恋っていっていいのか――ナゾだよね。」

 

 「でも、デレクは、おばさんが初恋だってさっき言ったよね?」

 リサの主張に、ルナはおもわず、

 「でもデレクはね、婚約者がいたんだって。ずっと昔に別れたけど――」

 「ええ? いつそんなこと聞いたのよ」

 「え? こな、こないだ?」

 「……ルナってさあ、意外とデレクと仲いいのよね」

 腕を組んでリサは、ルナを横目でにらむ。ルナは睨まれる意味が分からず、ちょっと引いた。

 「なんでそんなプライベートなこと聞けてんの。デレクが話したの?」

 「う、うん――世間話のついでに、そうゆうことを聞いて、」

 「世間話でふつうする? デレクって人の話は聞くけど、じぶんのことってあんまり喋らないじゃない?」

 「デレク、たぶんルナのこと好きなんだよ。ルナのこと可愛いって言ってたことあったよね」

 「うん」

 「マジで!?」

 キラの爆弾発言と、ミシェルの頷きにますます肩をいからせたリサは、ふたたびルナをジロリと睨んだ。

 「やっぱあんたはさ、ルナ。あたしのライバルだわ」

 そういって、「ちょっと外見てくる」と言って部屋を出ていってしまった。

 

 「なにアレ」

 キラがしかめっ面でリサが出て行ったドアを睨む。

 「リサって、どんな男でも自分の方向いてなきゃイヤなの?」

 「ま、まあまあ、キラ、」

 なだめたのはロイドだった。ライバルと言われたルナは、「リサって、デレクのこと好きだったのかあ」と見当はずれのボヤキを口にしただけだった。リサは気が多いから、ミシェル一人に恋していることなどないといっていい。デレクのことも、狙っていたのだろう。ルナはそう考えて、納得した。そんなことより、やらねばならぬことがある。

 

 「キラ、ロイド!」

 「ん?」

 「おめでとう! あとで結婚式でね! なかよくね! あたしも、ちょっと外出てくるよ! ゴリラを倒してくるから!」

 ロイドはしっかり、キラを守るんだよとルナに念押しされ、ロイドは首を傾げながら「う、うん?」と頷いた。

 「ゴリラ?」

 キラの質問にこたえは返ってこなかった。ルナは背筋をしゃきんと伸ばして、ゴリラ退治にでかけた。「あたしも行く! 待ってよルナ」とミシェルが後を追っていった。

 

 「ゴリラ?」

 ロイドとキラは顔を見合わせた。

 「……動物園からゴリラが逃げて、それで軍隊が出て探してるのかな……?」

 「そうかも」

 「で、ルナも探しに行くの?」

 「……僕、わかんない」

 誤解は、広がっていくばかりだった。

 

 

 

 「ケイトちゃんは、元気なの」

 ひととおり、近況の話と、キラの結婚式の話をしたあと、エルウィンが思い出したようにデレクに聞いた。

 「あ――ああ、……ケイトとは、別れたんだ。もう、十年もまえに」

 「そうだったの。ごめんね、へんなこと聞いて」

 「いや。もう十年も前のことだから。――俺が地球行き宇宙船に乗って、すぐだよ。一ヶ月も経たないうちに、かな」

 「そうか……」

 「エルウィンは、どうなの。その、キラちゃんのお父さんは、病死されたって聞いてはいるけど、」

 「うん。キラのパパが亡くなったあとは、キラとずっと二人よ。キラがいたから楽しかったしね。再婚とか、考えなかった」

 「L19に帰ろうとは、思わなかったの?」

 「うーん……正直ね、実家には帰りたくなかった」

 エルウィンは、少し目を細めた。

 「キラのパパが死んだあとね、キラのパパのご両親――つまり、あたしの嫁ぎ先の義両親が、キラを置いて、あたしにL19に帰れって言ったの」

 「えっ?」

 「あたしはまだ若いし、再婚もできるだろうからって。再婚のときにキラが邪魔になるだろうから置いて行けって。あっち、子供が欲しいだけだったのね。あたし、逃げたわ。キラを連れて。最初は実家に帰ろうと思ったんだけど、実家も、嫁ぎ先と同じ意見で、キラを嫁ぎ先に置いて帰って来いって言うの。嫁ぎ先はもう実家と手を組んでて、みんなそろってあたしからキラを取り上げようとしたの。だから腹が立って、あたしは逃げたわ」

 「……」

 「言わないでね。このことはキラに言ってないの」

 「言わないよ……」

 デレクが、目を伏せた。エルウィンの思いを、共有しようとしているのだろう。

 「次はデレクの番」

 「え?」

 「なんでケイトちゃんと別れたの? あんなに仲が良かったのに」

 「それは――」

 「言いたくないなら、言わなくていいのよ。でも、デレクとあたしは、親友だったじゃない。なんでも、言いあえた」

 デレクは、噴き出した。

 「そうだね。ふたりで、エルドリウス大佐の部隊で浮いてた」

 「あたしは、ロック・ミュージックと洋服と、チョウチョの収集のことばかり。デレクはカクテルのことばかり」

 エルウィンがおどけて言うのに、デレクがもう一度笑い、

 「ふたりだけで、よくこっそり趣味の話してて、上官に怒られてたよね。たるんでるって」

 「懐かしいなあ……」

 エルウィンの、細めていた目に涙の膜が浮いた。デレクはそれを見つめ、

 「言いたくないわけじゃないんだ」

 「ん?」

 「ケイトのこと。……ただ、ケイトのことを思いだすとさ、自分のバカさ加減とか愚かさも一緒に思い出してしまって、落ち込んじゃうんだ。ずっとそうだった。この十年間。ほんとうに割り切れたのは、ついこないだ」

 「……」

 「俺が、ケイトと別れたのはさ……」