アズラエルもヤマトのことはよく知らないらしい。おまけに苦手意識があるようだ。彼はひどくしかめっ面をした。ルナは、おそるおそる、と言った体で呟いた。

 「でも、でもね、……ヤマトのボスさんは、若い人だと思う」

 「若い? ――どのくらい?」

 「う〜ん……アズたちくらい? 分かんない。あのね、喋り方がチャラかったようなきがする。『俺、ドラゴンになるんだぜ〜、カッケーだろ』とかゆってね、」

 ルナの言い方にミシェルが噴き出した。

 「ぶふ! なにその言い方!」

 笑ったのはミシェルだけで、アズラエルと、特にクラウドは真面目な顔で食いついてきた。

 「へえ、ヤマトの頭領って若えのか」

 「ルナちゃん、ほかになんて言ってた。詳しく教えて」

 「くわしくってゆっても……おしゃべりはしなかったし……でも、親友に会ったら、俺がブラック・ドラゴンになるときだって、」

 「親友?」

 アズラエルとクラウドの声がハモった。「「親友? 親友ってだれ」だ?」

 「た、たぶん、――椋鳥さんだと思う」

 あの会話の流れでは。

言ったところでルナは男二人に詰め寄られ、ミシェルの隣に避難した。

 

 「椋鳥? 椋鳥の親友なのか?」

 「ちょ、ルナちゃん、たぶんそれ一番大事なトコだ……」

 なんでさっき言わなかったの、とクラウドが額を押さえた。ルナの頬っぺたがぷっくりするのを華麗にスルーし、サルディオネにあとでメールを送っておこうと決意したあと、クラウドは呟いた。

 

 「椋鳥。――以前からの仮定どおり、“羽ばたきたい椋鳥”が、ロビンだとしたら――」

 「ロビンの、親友?」

 アズラエルは再びクラウドと顔を見合わせ、それから爆笑した。

 「ヤツに男のダチなんているわけねえ!」

 「それは俺も同感だけどさ、」

 ロビンに同僚や知人はいても、男の友人はいない。おそらく一番長い付き合いのバーガスやデビットさえ、ロビンは上司だとは言っても、友人とは呼ばないだろう。

 

 「まあでも、ロビンはだれも友達とは呼ばないけど、勝手にロビンを友達だと思ってるやつがいたとしたら?」

 「……なくは、ない。だとしたら、」

 少なくとも、今までの仮定でいけば、ロビンとヤマトのボスは面識がある――ということ。ロビンは、ヤマトのボスの顔を知っていることになる。

 暗黙の裡に了解したアズラエルは、即座に受話器を握ってロビンの部屋にかけていた。長いコール音のあと、彼は寝起きの声で電話に出た。背後に、うるさいとかぼやいている、複数の女の声が聞こえる。

 

 「おい、ロビン」

 『……ンあ? ……なんだよ、アズラエルじゃねえか……』

 「おいてめえ、ヤマトのボスのツラ、知ってンのか?」

 あまりに直裁な物言いだった。『はあ?』ロビンのマヌケ声がクラウドにも聞こえた。

 「ほんとにアズはさ、前置きってものを知らないよね……」

 クラウドのぼやき。ルナとミシェルは同感した。

 

 『なんで俺がヤマトのボスを? ――ン、ああ、ちょい待って』

 女の甘え声とリップ音。おはようのキスが電話向こうで交わされている。アズラエルは鬱陶しくなって急かした。

 「おい、知ってんなら教えろ。どんな奴だ? 若いのか?」

 『ま、待てよ……』

 電話向こうでロビンが慌てて言った。

 『え? なんでそんな話になってンの? 俺が知ってる? なんで?』

 「――知らねえのか」

 アズラエルの声があからさまに落胆した声になった。

 『いやだから! なんでそんな話になったかって聞いてンの俺は! そんなの知ってたら俺生きてねえよ。……ちょ、マジで、それどっからの話? そんな噂にでもなってんのか?』

 電話口のロビンの声は異様に焦っていた。それは、そうだろう。ヤマトのボスの正体を知っている者はいない。正体を知った者はたちどころに消されるからだ。アズラエルより傭兵人生が長いロビンが、それを知らないわけがなかった。

 アズラエルは、このロビンの焦りようから、ロビンは知らないと判断した。

 「まあ――知らねえなら、いい」

 『ちょ、てめえアズラエル! 説明しろ!』と受話器向こうでロビンが叫んでいたが、アズラエルは無情に電話を切った。「知らねえな、これは」

 

 「アズ、なんで切った」

 クラウドが呆れ声でアズラエルを責める。

「あのさ、ロビンがヤマトのボスだって自覚してないだけで、ロビンの周辺を探れば、近い人間が出てくるかもしれないじゃないか。特徴を言えよ特徴を! 黒ヘビっぽいイメージの男で、チャラい感じの性格で――たとえば口癖が「カッケーだろ」とか――たとえばの話だ。聞きようはいくらでもあるだろ。なんで聞かないんだよ。ヤマトのボスだ、なんてわざわざ自己紹介しなくても、正体を隠して近づく方法は、いくらでもあるだろ」

 

 「おまえな、よく考えろ」

 今度はアズラエルが鋭く言った。

 「黒ヘビはなんて言った? 親友だって言ったんだぜ。友人、じゃなくて、親友、だ。親友っていえるほどアイツに親しい男友達なんかいねえよ! 野郎と話すくらいなら、椅子と話してるほうがマシだとか平気で言うヤツだぞ」

 「それは知ってる」

 クラウドも、苛立たしいのを押さえるように息を吐く。

「第一なあ、マジでアイツが椋鳥? あのデカブツが椋鳥? 椋鳥ってちいせえ鳥だぜ。クラウド、てめえがライオンでロビンが椋鳥っておかしくねえか? 今電話向こうに女三人いたぞ! 一晩で女五、六人平気で抱きつぶすヤツが椋鳥? 肉食獣だろどう考えても!」

「……」

「羽ばたきたいとか、そんなケナゲなタマに見えんのかあの図太い野郎が!」

「……つまり、アズは、“羽ばたきたい椋鳥”はロビンじゃないって言いたいんだな?」

「絶対違う!」

アイツはトラとか、ライオンの類だとわめくアズラエルだったが、

「アズはまったくもって、単純だな」

「なんだと!?」

「アズにZOOカードの読み方の難しさをここで説いたって、分かりはしないだろうさ! だけど、女にしろ何にしろ健啖家だからって肉食獣カードとは限らない。カードが示すものは特徴なんだ。アイツはぜったい、“羽ばたきたい椋鳥”だ」

クラウドも譲らない。このふたりがケンカするなど、珍しいことこの上ない。妙に緊迫した雰囲気になった――が。

 空気を換えるように玄関のチャイムが鳴った。呑気にピンポーン、と。

 「あ、時間だよ」

 ミシェルが時計を見てあわてて立った。

 「うわ、もうこんな時間。たぶんシナモンたちじゃない? ほら、クラウドもアズラエルもケンカはあとで! でかけなきゃ!」

 

 チャイムを押したのは、ミシェルの予想通りシナモンとジルベール、そしてエドワードだった。アズラエルとクラウドは睨みあったが、一時休戦だ。今日は彼らとでかける予定なのだから。どこへ? 

 

――それは。