「よくご存知ですね」

タケルが、驚いて言った。

「ラグバダ族?」

ルナが聞くと、アズラエルが説明した。

「L8系に多い、……L4系にもいたかな――L系惑星群の原住民のひとつだよ。L85の鉱山っていったら、ラグバダ族。……まあ、地球人がL85に降り立ったときに、真っ先に抵抗した民族だ。いまだに地球人嫌いだろ。――よくあいつ、この宇宙船に乗ったな」

「それはもう、抵抗されましたよ」

タケルは笑った。

「ピエト君が住んでいた鉱山は、バラグラーダ社が管理する管轄で、比較的良心的な居住区でした。バラグラーダ社は、原住民にもきちんと規定の給料を払いますし、過剰労働をさせたり、暴力で支配したりはしていません。労働基準法を守っています。原住民用の学校もありますし、住居も社の寮を提供しています。だから、バラグラーダ社の管轄区域は、ラグバダ族をはじめ、原住民が地球人に対して風当たりがそう強くないんです。ピエト君も、L系惑星群の共通語、ペラペラでしょう? でも、ピエト君の居住区内で一緒に住んでいる地球人とか、あるいはバラグラーダ社の人間に対して、彼らが個人的に好感を持っていても、ラグバダ族全体の、地球人に対する抵抗感というのは、いまだに根強くある。だからピエト君も、地球なんかに行きたくないって、最初はさんざんゴネられました」

「……バラグラーダ社って、聞いたことあるぞ?」

どこで聞いたんだっけなァ、思い出せねえ、と頭をひねるアズラエルだったが、やはり思い出せなかったのか、「悪ィ、続けてくれ」とタケルを促した。

 

「チケットが当選したのはピエト君で、――まあ、ふつうは、チケット当選者でも、本人が乗りたくないと言えば、こちらとしても強引に乗せるわけにはいきません。ピエト君の場合、周りに、譲渡できるひとはたくさんいました。――鉱山ですからね。貧乏暮しから抜け出したい若者も多くいますし――。ですが、ピエト君とピピ君を世話していた大人たちが、彼らを宇宙船に乗せてくれといったんです。ピエト君の弟のピピ君は、すでにアバド病の末期症状が出ていまして、おそらくピエト君もアバド病だろうと。地球行き宇宙船には最新の医療があるということを、どこかで知ったのでしょうね。地球人の世話になるのは噴飯ものだが、このままではふたりとも死んでしまう。ピエト君はピピ君を助けるために、周囲に諭されて乗ったんです」

「……」

「ですが、――残念ながらピピ君はすでに手遅れで、乗ってひと月も経たないうちに亡くなりました。ピエト君もショックから立ち直れないのは分かりますが、私も、ピエト君を下ろすわけにいかない。彼もまたアバド病に罹患していますし、戻れば確実に一年経たずに死にます」

 

ルナは思わず聞いた。

「アバド病って、なんですか」

 

「さっきアズラエルさんが言った通り、鉱山病です。アバド病は、L85のアバド鉱山――ピエト君が住んでいた地区ですが――とても広大です。そこでしか発症しない鉱山病です」

「たしか、粉塵だけじゃなく、細菌のせいもあるんだろ?」

タケルは頷いた。「詳しいですね、アズラエルさん」

「……俺がL85の任務で現地に行って帰った後、薬飲まされたんだよ。アバド病の細菌消す薬」

アズラエルの言葉にタケルは相槌を打ち、ルナに説明するために話した。

「そうだったんですか……。ルナさん、鉱山病というのは、長年粉塵を吸い込むせいで肺が病んだりするんですが、アバド病の場合、細菌が原因で発症して、それを鉱山の粉塵が悪化させる仕組みの様です。その細菌が、L85のアバド地区にしかない細菌なので、アバド病と名付けられたようです。症状は結核に似ていて、咳き込んで吐血、いずれ肺ガンまで進行してしまいます。でもアバド病は、人から人への感染はしません。咳で細菌が体外に出て空気感染するというのではないんです。体液を通じても感染はしません。細菌は、薬で死滅させるまで身体の中に留まり続けるんです。肺に貼りつくようにしてね。新陳代謝の良し悪しも、病気の進行に関係しているようで、若いほど進行が速く、年寄りほど遅い」

「ピエト君も、その、アバド病なの?」

ルナが恐る恐る聞くと、タケルは頷いた。

「そうです。宇宙船に乗るころ、症状は出ていませんでしたが、宇宙船に乗って検査を受けたら、やはり陽性でした。アバド病の初期段階は、自覚症状がないことが多い。だから、発見されたときはすでに末期だった、というのが多いんです――ピピ君のようにね。ピエト君は初期の段階レベル5。まだ元気に動けますが、これが進めば中期に入ってしまいます。中期のレベル3を超えたら、即入院です。あんなふうに元気には動けなくなります」

「……なるほどな」

「アバド病は一度細菌が肺に付着したら、薬で死滅させねば治りません。だからピエト君が鉱山で働かなければ治るというものではない。あの地区で暮らしていれば、再発、あるいは悪化します。若いから、進行も早い。逆に、ここで暮らしていれば治るんです。時間はかかりますが、少なくともアバド病の細菌は、ここにはありませんから」

「アバド病の薬って、高いんだよな……」

「そうなんです。バラグラーダ社もアバド病の研究に投資していて、製薬材料の原価を下げられないかとか、がんばっているみたいなんですけど、なかなか。それに、ラグバダ族が、地球人の病院を信用していないという背景もあって――人体実験をされるとか、疑っているんですね――民間療法に頼り続けている背景もあって……。政治問題や宗教問題も絡んで、アバド病患者はなかなか減っていかないんです。治らない病気ではないんですが……」

ルナが、口をうさぎ口にして、真剣にタケルの話を聞いている。アズラエルはそれを見て、なんだか嫌な予感がした。

 

「ピエト君は、お父さんとお母さんは?」

タケルは、首を振った。

「ピエト君は、ご両親もアバド病で死去されていて、身寄りはなかったんです。ピエト君とピピ君は、ご両親が亡くなった後は、住んでいるコミュニティーの大人たちに養われていました。バラグラーダ社は、そういった孤児を入れる施設も建てていたようですが――ピエト君は、周りの大人たちに囲まれて暮らしていました。ラグバダ族は、仲間意識が強いですし、地球人が作った孤児院になど、いれてたまるかという思いもあったみたいですね。――それで、私がピエト君を迎えに行ったときは、すでにピピ君――ピエト君の弟さんは、アバド病が最終段階まで進行していて、手遅れだった」

 

両親はおらず、弟は、宇宙船に乗ってすぐに、亡くなってしまった。ピエトは、天涯孤独になってしまったのだ。

 

「――ピピ君が亡くなって――ピエト君は、さみしい、よね……」

ルナのつぶやきに、アズラエルは苦すぎる顔をした。甘過ぎるコーヒーを飲みながら。

 

「寂しいとは思いますよ。ですが、やはりピエト君に長生きをしてもらいたいと思えば、L85に帰すわけにはいかないんです」

「あっ、あの――!」

ルナが言う前に、アズラエルが遮った。こればかりは、言わせるわけにはいかない。

「あのよ、この宇宙船って、資産家も篤志家も山ほどいる。ピエトの親代わりになるヤツなんか、幾らでもいそうだけどな」

 

「はあ、親代わりは私とメリッサです」

タケルは頭を掻いた。

「タケルさん!!」

「おまえ!? 役員って、そんなことまでしなきゃならねえのか!?」

アズラエルとルナの絶叫に、タケルは慌てて両手を振った。

「い、いえいえ、しなければならないと言うのではありません。私とメリッサが、それを望んだからです。それと、私がK19の派遣役員の審査に合格しまして。それで、です」

「審査に合格? K19の派遣役員って、特別なのか。特派とは違うのか」

「違います、違います。……ええと、なんて説明したらいいのかな……」

タケルが困ったように頭を掻き、アズラエルが「言えねえことだってあんだろ。別にいいよ」と言ったが。

「言えないわけではないんです」とちらりとタケルはルナを見た。その意図は、ルナにもアズラエルにも分からなかったが――。

 

「あのですね、特派と、K19担当役員しか、子どもを養子にはできませんし、――特派というのは、女性しかなれないんですよ」

「え?」

ルナが聞き返した。

 

特別派遣役員は、女性しか、なれない――?