「そうです。……すこし、説明が複雑になりますけど、特派とK19の役員しか、乗船してきた子どもたちを養子にすることはできません。そして、養子にするのは身寄りのない子に限ります。K19――すなわち、身寄りのない子どもたち担当の派遣役員は、恐ろしく数が少ないんです。その理由はあとで説明しますが――ですから、必然的に、ほかの惑星担当の役員が、兼任して担当します。難しい研修に合格した、厳正な選別のもとに決められた役員が」

「なんだそりゃ。――K19担当の役員ってのは、そんなに大層なモンなのか?」

「大層というか――特派に匹敵する難関ではあります」

「ガキを育てるのは簡単じゃねえってことか?」

「それも、あります。でも――大きな理由はね、K19の役員になっても、すぐやめてしまうひとが多いことに起因しています。それは、K19の子どもの八割が、死んでしまうことにあるんです」

「なんだと?」

さすがにアズラエルも顔をしかめた。

 

「身寄りのない子どもたちの担当役員ってきけば――だいたい、志願するのは子どもが好きな人たちでしょう? ピエト君のような年頃で乗船してくる子もいれば、捨てられたばかりの乳飲み子が乗ることもあります。K19の担当役員は、必ず彼らの親になります。子どもたちを無事地球に着かせるだけでなく、地球到達後も、親として、彼らを育てていくこと。それが、K19担当役員の仕事です」

「重いな……」

アズラエルは、俺は絶対やりたくない、とぼやいた。

「K19の担当役員は、二十年以上の経験、あるいは厳正な審査と研修に合格し、三名以上の特派、および株主の推薦がないとなれません。特派クラスの難関です。そのかわり、男性でもなれますが。私がそうです」

「おまえ、よくそんなもんになったな……」

アズラエルのボヤキに、タケルが苦笑した。

「そんな難しい審査を経てK19の役員になっても、半分が、一二年でやめてしまうんですよ」

「……なんでですか」

ルナが聞いた。

「一番の理由はさっきも言いましたが、こどもたちが亡くなってしまうことです」

「どうして……」

ルナの問いに、タケルは一度俯いた。恐ろしく、悩んでいるようにも見えた。そしてふたたび顔を上げたその表情が、まるで自分に助けを求めているように見え、ルナはどきりとした。

 

「分からないです」

「分からない?」

「それが分かったら、解決の方法もあるでしょう。ほんとうに、なぜなんでしょうね。私にも、皆にも――だれにもはっきりとした理由は分からない。でも、不思議なことに、K19に来た子どもたちは、八割が、なぜか病や不慮の事故で亡くなってしまうんです」

「……」

「残り二割は、ホームシックにかかって、もといた星に戻りたがるケースです。子どもですからね。大人より、ホームシックにかかる傾向は強い。ピエト君のように病気だとか、特別の事情があれば止めることもできますが、基本的に役員は無理強いはできませんから、船客が帰りたいと言えば帰します。――つまり今まで、地球行き宇宙船創設以来、このK19の子どもが地球に到達したことは、一度もありません」

「一度も!?」

「はい。一度も」

 

ルナもアズラエルも言葉を失って絶句した。たしかに、この宇宙船は、地球到達率が恐ろしく低い。三万人が乗って、たった三人しか辿りつかないような確立だが、それでも一度もないというのはどういうことなのか。

それに、八割の子どもが死んでしまうというのは、なぜなのか――。

入船してくる子どもが全員、ピエトのように病気持ちだというのではないだろう。病気でなくとも、やがて病気になって死んでしまうということなのか。タケルの話だけでは納得できなくて、アズラエルもルナも、困惑した。

だが、タケルのほうがもっと納得できていないのだ。なぜかは分からない。けれど、子どもたちは、生きていくことができない――この、恵まれた環境で。

 

「――親が、愛する子どもの死に、耐えられますか。K19の役員にとって、担当する子どもは実の子同然です。それで、辛くてやめてしまうんです。絶望に打ちひしがれて。乳飲み子を病で亡くした役員が、自殺を図ったこともあります」

「……」

「K19に入船する子どもたちは、本来なら……死んでいてもおかしくない環境にある子どもたちばかりなんです。L77あたりの一般家庭の子が、子どもだけで乗るときは、別の区画がありますからね。K19の子は、L4系や、貧しい地域の子どもが多い。そういう子どもたちばかり、奇跡のようにチケットが当たって救い出され、ここに来る。まるで、最後の死に場所を求めて乗るようだと、私の先輩にあたるK19の役員が言っていました」

ルナの顔が、徐々に固くなっていく。こんな顔をするときは、このうさぎはとんでもないことを決意している。アズラエルは非常に困った。

「彼女も、何人もの子どもたちの死を見届けてきたひとです。……先日、やめましたが」

 

「ピエト君は――タケルさんたちと一緒に暮らさないの」

「本当は、ピエト君は、最初の予定では私たちと一緒に住む予定でした。でも、ピエト君が嫌がるんです。どうしても、家に居ついてくれなくて」

だから、この近辺にピエト君用にアパートを借りています、とタケルが困り顔で笑った。

「毎日必ず顔は会わせることにしています。私かメリッサか、どちらかが必ず」

 

「あの……っ」

「ルゥ」

アズラエルが止めたが無駄だった。

「あの、もし、あの、良かったら、……あたしと、ピエト君が一緒に暮らすわけには……」

アズラエルが、このバカと口パクで言った。アズラエルは、ずいぶんと嫌な予感がしていたのだ。さっきから、いつそれを言い出すかとハラハラし通しだった。

 

「ルナさんが――ですか?」

「あ、はい! あの、あたし何もできないけど、ああやってピエト君に何かあったら病院に連れて行くことはできると思うんです。あたし、習い事とかやってないしヒマだし、あの、ごはんも食べさせますちゃんと! 学校も、」

 

「それはお断りします」

タケルの口調は変わらず穏やかだったが、それははっきりとした拒絶だった。

「あなたは船客の方です。いくらバーベキューパーティーで親しくなったからといって、そんなことまでお願いはできません」

「で、でも、あの、あたしは迷惑とかじゃ……」

「俺は迷惑だぞ」

「アズ!!」

「それに、私は、あなたを信頼してはいません。したがって、ピエト君を任せることはできません」

ルナは、その言葉に凍りついた。タケルの表情は、優しいままだったのだが、言葉はルナを突き刺した。

「ルナさん、あなたはいい子だと思います。優しくて、素敵な方だと思いますよ。でも私はあなたがいい方だとは思っていますが、この短いつきあいで、信頼はできません」

ルナには、返す言葉がなかった。蒼ざめて、俯いた。タケルの顔を見ることが、できなくなってしまった。

さっきのタケルの表情は――あれは、ルナの勘違いだったのだろうか。

「あなたにピエト君を任せることは、できません。――それがなぜか、きっとあなたには、分かってもらえるはずです」

タケルはレシートを持って立った。

「長くお引止めしてしまいました。申し訳ない」

深々と頭を下げた。「いや、いいんだよ」アズラエルが返す。

「ピエト君のことを、役所に届け出ないと言ってくださったこと、本当に感謝します」