「うんめえ……っ!!」 ピエトは、ルナが作ったオムライスを一口頬張り、歓喜の声を上げた。 「おめーらいつもこんな旨いもん食ってんのか!? ったく、だから地球人って太ったやつが多いんだぜ!」 ピエトは、インスタントのコンソメスープにも感動して、目を輝かせた。今日のメニューは、ルナがあり合わせで作ったオムライス、市販のコンソメスープ、ブロッコリーとニンジンを蒸し、コーンを散らしただけのサラダである。 ピエトだって、宇宙船に乗って数ヶ月経っている。ラグバダ族の食生活がどうであれ、今は宇宙船暮らし。オムライスやスープの類も知らないとは。K19区にだってレストランはあるし、外食すればむしろ、こういったもののほうが多いはずなのに。タケルやメリッサは、ラグバダ族の食事を作ってやっているのだろうか。だが多忙なあのふたりが、そんな手の込んだ真似ができるとは思えない。まさかピエトに食事をさせていないわけはないとルナとアズラエルも思ったのだが、その疑問はすぐ氷解した。 「ピエトくん、いっつも、タケルさんやメリッサさんとはなにを一緒に食べてたの?」 「地球人と一緒にメシなんか食えるかよ!」 米の粒を飛ばしながらのピエトの絶叫に、ルナはあたしも地球人なんだけどなあと思ったが、黙っていた。 「地球人の作るモンはいっぱいカラダの毒になるもんが混じってて、よくねえってじっちゃんが言ってた! だから、俺宇宙船に乗ってもレストランとかいかねえよ。野菜とか売ってるとこで、芋売ってるから、蒸して食う」 「お、おいもさんだけ!?」 「なにか悪ィかよ。たまに肉も食うぜ? 宇宙船って、店に鳥まるごと、置いてねえのな! バリバリ鳥の血とか、アバド病にいいって言うぜ。でもここ、バリバリ鳥が飛んでねえし。あの――海の上とんでるやつ、なんだっけ?」 ルナは「血……」と蒼白な顔をしながら、「う、うみつばめ? かもめ?」と尋ねた。 「そうかもめ! あれ石ぶつけて捕まえてみたんだけどよ、浜辺でたき火して燃やしてたらすっげー怒られて。ムカついた」 「そりゃおまえ……怒られて当然だ」 ラグバダ族の野生のルールは、この宇宙船内では通用しない。アズラエルがツッコみ、これではタケルもメリッサも苦労したことだろうと、ルナたちは同情した。 「でもさ、ピエト君、」 「ピエトでいいよ!」 アズラエルはちらりと、悪ガキを見下ろした。どうもこのクソガキは、ルナに懐いている。 「じゃあね、ピエト。このオムライスにはお肉もお野菜もいっぱい入ってるの。ピエトもこれから、おいもだけじゃなくて栄養のあるもの食べないと、病気治らないよ」 ルナが言うと、ピエトはスプーンを齧って、複雑な顔をした。 「それ……医者にも言われた……」 「でしょ? だからこれからは、地球人の食べ物は嫌だ、じゃなくて、ちゃんと食べようよ」 「ルナが作る?」 「え?」 「ルナが作ってくれんなら、俺たべる。知らねえやつが作ったくいもんなんか俺、食えねえもん」 キラキラした目で言われてルナは、ぐっと詰まった。可愛い……! でも、タケルに、何と言われるか。 「おいクソガキ、調子に乗るなよ」 「うっせえハゲ! てめーに頼んでねえよ!」 「誰がハゲだ! まだハゲちゃいねえ!」 どこかの銀色ハゲと違ってな! アズラエルは大人げなく叫んだ。 「ピエト、タケルさんやメリッサさんは、知らない人じゃないでしょ……」 「あいつらは嘘つきだ!!」 ピエトが、今度ははっきりとした拒絶を示した。「あいつら、宇宙船に乗ればピピが助かるって言ったのに、嘘ついた! ピピは死んじゃったよ!!」 「ピエト君……」 「タケルはウソついたわけじゃねえよ。おまえの弟は手遅れだった。それだけだ」 アズラエルの容赦のないひとことに、ピエトが何か叫ぼうとして、ぐっと黙り込んだ。みるみる、その目に涙が浮かんでくる。ルナは、ピエトを抱きしめた。アズラエルにもしてあげたことがないくらい、優しく。 「アズ! ひどいこと言わないで!」 「ガキだからって、甘やかすんじゃねえよ」 アズラエルは吐き捨てた。俺だって、あんなふうにルナに抱きしめられたことねえのに。アズラエルの言葉には、れっきとした個人的感情が混ざっていた。嫉妬である。 アズラエルは食事を五分で片付け、酒を片手にぼやいた。 「(おまえの爺さんは、自分の悲劇を、誰かのせいにしろと教えたか? てめえがやってンのは、ただの八つ当たりだよ)」 ルナもピエトも、口をぽかんと開けて、アズラエルを見た。アズラエルの口からするすると出てきた言葉は、L系惑星群の共通語ではない。少なくとも、ルナには、アズラエルが何を言ったのかまるで分からなかった。 「(てめ……ラグバダ族か!?)」 「(なんでそうなる。俺は傭兵だ。地球人の傭兵だよ。おまえらの天敵だ)」 「(……傭兵)」 ピエトは傭兵、と聞いたとたんに復唱し、また表情をなくした。L18の傭兵は、ラグバダ族の過激派ゲリラを何人もその手にかけている。傭兵は、ラグバダ族の天敵と言っていい。アズラエルは、傭兵と聞けば、このラグバダ族の子どもが自分たちと関わりを持ちたくないと感じると思って、そう打ち明けた。だが、アズラエルの予想は、外れた。 「(おまえ――強いのか!?)」 ふたたび目を輝かせたピエトに、アズラエルは詰まった。そしてちょっと引きながら、「(俺は傭兵だぞ。よ、う、へ、い、だ。てめえら原住民のゲリラをたくさん……発音間違ったかな)」と首を傾げた。 「(傭兵だろ! 強いんだろ! 軍に雇われて戦う兵隊だろ!)」 「(……まあ、間違ってはいねえな)」 自分の発音と、ピエトの認識が。 ルナは、会話に置いて行かれてふて腐れた。ルナにはさっぱりわからない。アズラエルとピエトは、まるでルナの分からない言語で会話しているのだ。 「もう! ふたりして何語しゃべってるの!」 「ラグバダ族のことばだよ。ルナは喋れねえのか?」 ピエトが言うと、「ラグバダ族のことば! なんでアズが喋れるの」とルナが絶叫した。 「カタコトだよ」 「じゅうぶん、なにかいっぱい話してたよ!?」 アズラエルの語学力は大したものだった。カタコトどころか、じゅうぶん会話できている。
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