「おまえ傭兵か! すげえな!」 「あのな、傭兵は、ラグバダ族の過激派ゲリラをだな……、」 「知ってる」 ピエトは、凶暴な顔をした。 「あいつらと俺たちを一緒にすんなよ。かげきはの奴らは、俺たちの仲間もいっぱいころしてるんだぜ。――あいつらは、戦争をしたいんだ。地球人とだけじゃなくて、俺たちもいなくなればいいって思ってるんだ。おんなじラグバダ族なのに。あいつら、エルトを支配したいんだ。そんなことしたって、なんにもならないのにって、じいちゃんたちも言ってた」 エルト、とはラグバダ族の言葉で、L85を指し示す。L85というのは勝手に地球人がつけた番号で、もとからその星に住んでいた住民には、星々の別の呼び名があった。それをアズラエルもルナも、知っている。エルトが、ラグバダ語でL85だというのは知らなかったが。 「あいつらと俺たちを、一緒にすんな……」 ピエトの暗い顔に、アズラエルは「悪かった」と素直に謝った。アズラエルが謝るとは思わなかったのか、ピエトは顔を跳ね上げた。 「悪かったよ。あいつらとおまえたちは違うんだな。知らなかったんだ」 「べ、べつに――分かりゃいいんだよ!」 口を尖らせてそう言い捨てたピエトは、「(地球人の傭兵は、あいつらが悪さしてるのを、退治してくれたから――俺たちの村の奴らは、その、好きなんだ……)」とラグバダ語でぼそりと言った。 過激派は、ピエトたちがいたコミュニティーから、女ばかりたくさん攫って行ったり、金銭を持って行ったりするらしかった。いくらバラグラーダ社の管轄下ではあっても、ラグバダ族の諸問題に、地球人は深入りできない。だから治安は悪い。ピエトも、過激派と穏健派のラグバダ族が混在する地域で育ってきた。過激派が金を巻き上げていくから、バラグラーダ社から給料をちゃんともらっていても、弱い者は貧乏になる。そういった闇のシステムは複雑化しすぎていて、一企業が、一朝一夕で解決できる問題ではなかった。ピエトのスリの腕は、そんななかで磨かれてしまったものだ。 「あ、そうだ」 ピエトは、突然食卓を離れて、部屋の隅にある自分のバッグ――ずいぶん古びた革製の――に飛びつき、探り始めた。そこからぼろぼろの小袋を取り出し、ルナに「ン!」と差し出した。 「ど、どうしたの――なにこれ?」 ルナが恐る恐る袋を開けると、そこには紙幣とコインが、無造作に詰め込まれている。 「それ、ルナにやるからよ。俺のメシ作ってよ!」 「ええ?」 これは、ピエトの小遣いなのだろうか。十歳の子どもの小遣いにしては多い金額だ。 「ルナたち、貰ってねえのか? この宇宙船に乗ると、みんな、金もらえるんだぜ。タケルがさ、俺の貰う金、半分はラグバダ族のみんなに送って、残り半分は、俺のメシ代だって、毎月寄越すんだ。――もしかして、足りない?」 最後はすこし不安そうに言ったピエトに、ルナは笑顔を作って、「ううん。多いくらいだよ」と言ってやると、安心した顔をした。 「あ、ちょっと待てよ――家賃、とかってのも必要なんだよな……。ルナ、俺と一緒に暮らすとしたら、家賃ってどのくらい必要なんだ?」 「オオオイちょっと待てコラそこのクソガキ」 アズラエルが慌てて止めたが、ピエトはルナの腰にしっかと抱きついて、アズラエルに舌を出した。 「俺は許してねえぞ。そこのチビ、ルゥと暮らしてんのは、俺だ」 「俺も一緒に暮らす!」 「バカやろう、ダメだ。タケルも反対するに決まってる」 「アズラエルって、結構バカなんだな」 「ンだとこのクソガキ!!」 「タケルは、俺のたんとう役員なんだぜ? たんとう役員ってのはな、きほんてきに、おきゃくさまの言うことは、聞かなきゃいけねえんだよ!」 ずいぶん小賢しいガキだ。アズラエルは凶悪なしかめっ面をした。 「よく知ってるな、どこで覚えた」 「パンフレットっていうのに書いてあった。俺、けっこうまじめに学校で勉強してたからな。簡単に読めた」 ルナも、アズラエルも驚いた。パンフレットは、L系惑星群の中学生程度の識字率があれば、判読できる。それをこのラグバダ族の、十歳の子どもが読んで理解したということに、純粋に驚いた。バラグラーダ社は、ラグバダ族の子どもたちが通える学校も運営していたと言っていたが、ピエトの頭脳は、優秀な方なのだろう。 「だから、タケルは、俺がルナと暮らしたいっていったらそうしなきゃいけねえんだ。タケルは、俺の言うこと聞くのが当然なんだ」 最後のほうは、どこか必死さが見え隠れしていた。ピエトは、ルナのエプロンに顔を埋めるようにしてしがみついている。ルナはピエトの頭を撫でながら、「……アズ」と呟いた。訴えるように。 「アズ……」 「なんでてめえは、そういう目で俺を見るんだ」 今度こそは、ダメだ。結婚する前から子持ちになってどうする気だ。タケルに、昼間言われたことを忘れたのか。おまえだってまだ子どもで、子どもを面倒見切れるとは思えねえ。それに俺だって迷惑だ。言いたいことは山ほどあったが、ルナのつぶらな目にぶつかると、アズラエルの意見はすべて、喉の奥で引っ込んだ。 「アズ、」 「ダメだ」 「アズ……」 「……ダメだって言ったら、ダメだ」 「アズう……」 「――ああもう! 分かったよ!」 アズラエルはぐったりと、テーブルに突っ伏した。――どうしてこうなる。なぜ俺は、ルナの言うことを聞いてしまうんだ。毎回、ロクなことにならないと分かっているのに。 ルナの顔が、これ以上ないくらいぱあっと輝いた。 「ピエト! パパがいいって! やったね!」 ルナの台詞に、アズラエルはまさに悪夢だという顔をした。 「パパじゃねえよ!」 「やった! やったやった!」 手を取り合ってはしゃぐ恋人と、コブを眺めながらアズラエルは、これから周囲にからかわれるだろう台詞が容易に想像できた。 「ほらピエト。ちゃんと夕ご飯食べよ。ブロッコリーも残さないで食べるんだよ」 「うん!」 このガキは、ルナの言うことは、実に素直に聞く。アズラエルのことはハゲと抜かしたが。 「これからよろしくな〜! パパ!」 純粋とはとても言えない笑みを、自分そっくりの、まったく可愛くない子どもから向けられて、アズラエルは「だれがパパだ……」とふたたびテーブルに突っ伏したのだった。
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