九十一話 布被りのペガサス V



  

 夜の遊園地。これで何度目だろう、この夢を見るのは。

ルナが両手を見ると、相変わらずもっふりとした毛皮で、ピンクのうさぎだった。

 めのまえにはコーヒーカップの遊具。動いてはいない。傍にはホットドッグの屋台とポップコーンの屋台があって、店にはランプがついていた。何度かここには来たはずなのに、屋台の存在には気づかなかった。

 ルナが恐る恐る屋台を覗くと、「いらっしゃいませ」と中から声がかかる。アライグマ――でも、アライグマにしては随分と大きい――影が、細長いパンに焼きたてのソーセージを挟み、たまねぎを載せてマスタードとケチャップをかけている。一連の動作は速やかだ。大きなアライグマは、ホットドッグを油紙で包み、紙袋に、熱々のそれを四つ、詰めた。

「ありがとうございます」そういってアライグマは、ルナに紙袋を差し出した。ルナが受け取って、お金を探すと、屋台のランプは消えていた。アライグマの陰も跡形もない。

 ルナが隣の屋台を覗くと、そこからは、コウノトリ――が首だけをひょこっと屋台から出して、ルナのほうを見ていた。「はい。お待たせしました」コウノトリが差し出したのは、香ばしいポップコーンが溢れるほど入った、バケツのような大きさのカップだった。ルナはポップコーンを受け取り、「あの、お金」と言うと、「あなたもう、払ったじゃありませんか」とコウノトリは言った。ルナは払った覚えがない。

 気づくと、コウノトリがいた方の屋台のランプも消えていた。

 ルナが両手に、ホットドッグとポップコーンを抱えたまま呆然としていると、カポカポと、蹄の音がした。振り返ると、そこにいたのはペガサス。白い発光体。ルナは思い出した。この子は「布被りのペガサス」だ。あのときほど大きな布は被っておらず、しかし、ベールみたいに頭にちょんと、ハンカチをかぶせている。

 

 「お言葉に甘えて、来ちゃったわ」

 ペガサスは自分の背に、天秤の様に紐をかけて、小さな甕をふたつぶら下げていた。

 「私が持ってきたのは、蜂蜜酒と、すもも酒なの。……あら、うさぎさんはホットドッグとポップコーンなのね。美味しそう」

 「う、うん」

 ルナは、展開が読めなくて頷くしかなかったが、やっとルナではないルナ――ピンクのうさぎが現れた。ルナはいつのまにかルナに戻っていた。めのまえには、小さなピンクのうさぎ。

 「お待たせしちゃって」

 うさぎは言った。「さあ、フクロウさんに会いに行きましょう」

 

 フクロウさん?

 

 うさぎが先導し、ルナとペガサスが後ろをついていく。ペガサスが、ルナにも説明してくれた。

 「“天翔けるペガサス”さんと出会ったのはいいけれど、彼、とっても忙しいの」

 自分はまだペガサスとして未熟で、彼と一緒にあちこち飛んでいくことはできないのだと、布被りのペガサスは哀しげに言った。

以前、この布被りのペガサスは、ピンクのうさぎに導かれて、同じペガサス仲間――天翔けるペガサスに出会った。仲間がいなくて寂しがっていたふたりをうさぎは引き合わせたのだが、せっかく出会ったのに、この二頭はなかなか一緒にいることができないのだそうだ。

 

 「せっかくつがいに出会ったのに――私はほとんどひとりぼっち。寂しくて、寂しくて……。コーヒーカップに乗って泣いていたら、うさぎさんが来て、友達を紹介してくれると言ったの」

 それはよかったね、とルナが言うと、ペガサスは嬉しげに笑んだ。

 「彼女も――フクロウさんも、お友達がいなくて、とっても寂しがり屋なんですって。私と気が合いそう」

 今日は、そのフクロウとペガサス、そしてピンクのうさぎとで、食べ物を持ち寄って、お茶会をするのだとか。

 (なるほど、このホットドッグは、おみやげなんだね)

 

 ペガサスの弾んだ声を聞きながら、やがて三人(ひとりと一匹と一頭?)は遊園地の敷地内の、深い深い森の奥へとはいっていく。この森は、このあいだ、巨大な蛇たちと会ったところだ。木々のざわめきが、すこし怖い。ルナも怖かったが、ペガサスも怖かったようで、「うさぎさん、うさぎさん。ほんとうに、こっちでいいの? こんなところにフクロウさんが?」と何度も聞いた。

 ピンクのうさぎは、「あら、フクロウさんの住処は、森の中と相場が決まっているものよ」と笑って取り合わない。

 ペガサスとルナは怯えて縮こまりながら、うさぎのあとをついていく。やがて真っ暗な森に、ぽうっと明かりがついている場所が見えた。不揃いな、音楽の音も聞こえる。

 

 「なんて音だ! 耳障りな! そんな下手な演奏で、僕の友が満足できると思っているのか!」

 鋭い声に、ペガサスとルナはひゅっと飛び上がった。

 「処刑だ処刑だ! 連れて行け!!」

 「お、お許しください閣下! “残虐なフクロウ”さま!」

 バイオリンを演奏していたフクロウが、ほかのフクロウに引きずられて行こうとするのを、慌ててルナは止めた。「ちょ、ちょっと待って!」

 ルナの制止に、一番大きなフクロウが首をくるりと真後ろに向けて睨んだ。ぎょろりと動く金色のまなこ。ルナはその視線の鋭さに、ふたたび飛び上がりかけた。

 

 「――誰だ? ……おや! “月を眺める子ウサギ”さんじゃないですか。これはこれはようこそ。いらっしゃい、いらっしゃい。遅かったですね、心待ちにしていましたよ。楽団の演奏練習を、もう百回もしてたところなんです。こいつらときたらちっともうまくならない! ああそんなことはどうでもいいんです、僕にお友達を紹介してくれるなんて、あなたはなんて素敵な人なんだ! ありがとう、ありがとう。ほんとにありがとう! さあさ。パーティーの用意はできてます。座って座って!」

 フクロウは、「処刑だ!」と言ったことなどすっかり忘れたようにルナの手を羽根でとり、テーブルに招こうとした。開けた庭には、たくさんのランプと蝋燭が灯り、まるで昼間の明るさだ。大きなテーブルには、ケーキや丸ごとのチーズ、スコーンやサンドイッチが所狭しと並べられ、不恰好な花束が、花瓶に突っ込まれて飾られていた。フクロウたちの楽団までいる。

 「あの……フクロウさん、とにかく処刑はやめて」

 「処刑は中止だ!」

 フクロウは叫んだ。「ああ……ありがとうございます閣下……うさぎさん……」処刑と言われたフクロウは離され、涙を流して逃げて行った。

 「そうですね、よく考えたらこんな楽しい席で処刑なんてするものではなかったな。すみません。部下どもは甘やかしちゃならないんです。これでもフクロウですから!」

 

 ルナはマジマジと、“残虐なフクロウ”といわれたフクロウを見た。よく見れば右羽根は折れているのか、不恰好に曲がっていて、それに数多の傷と、眼帯。

 残虐な、なんて形容詞がつくだけあって、恐ろしげで、とても堅気のフクロウには見えなかった。マフィアのボスとか――処刑人とか――そういう形容詞がよく似合う。

 こんな怖そうなフクロウを、ペガサスの友達に? ピンクのうさぎは自分だが、自分ながらよくこんなことを考え付いたものだと、ルナは呆れた。

 

 「さあ、ペガサスさん、席に着きましょう」

 ピンクのうさぎがペガサスを促した。フクロウは、そこで初めて、自分の友となるペガサスを見た。