「……美しい!」

 

 ぽうっと、フクロウの頬に赤みが差した。

 「いえあの――ペガサスは美しいものだとは聞いていましたが――僕は初めて見ました。――なんて美しい――あの――ほ、ほんとうに、ペガサスさんが僕のお友達に――? いいんですか? ――ほんとに?」

 フクロウは、さっきの凶暴さがなりを潜めたようにどぎまぎし、花瓶から、そっとバラの花を一輪とって、ペガサスへ恭しく差し出した。

 「あの――これは、記念に……」

 

 ペガサスは、花を受け取らなかった。わなわなと震え、二歩、三歩と後ずさる。

 「“残虐な”フクロウですって!?」

 ペガサスは前足を高々と上げ、

 「ウソでしょ!? 私のお友達になってくれるひとって、このフクロウさんなの? ウソよ、ウソだと言って!」

 金切り声で叫び、羽ばたいて逃げようとした。

 

 ルナは、フクロウがとても傷ついた顔をするのを見た。彼女は(この恐ろしげなフクロウは女性だった!)ひどく悲しげな顔で、そっと、バラの花を地面に落とした。

 「あっ……、いえ! いいんです。うさぎさんのせいではありません」

 ルナが何か言う前に、フクロウはポロポロと涙をこぼしながらそっと背を向けた。

 「僕はどうせ日陰の身。フクロウですから。それに残虐なフクロウなんて、名前を聞いただけで、嫌われてしまうのには慣れています。いいんです、フクロウですから。僕は残虐なフクロウ。それだけのことをしてきたのですから。これからも僕は残虐なことをするでしょうし、そうしなくてはいけません。僕は孤独です。残虐だから、孤独なんです。フクロウたちは僕を恐れ、ほかの生き物もみな、僕の姿を見た途端に怯えます。いいんです。今更、友達が欲しいなんてそんな虫のいいお願いが叶うなんてことは――ましてや、こんな綺麗なペガサスさんが僕の友達になんて、勿体ない――」

 

 ルナはなんだか、フクロウが可哀そうで、そっとその傷ついた羽根を撫でた。だが、フクロウの独白を聞いたのはルナだけではない。気づけば、ペガサスが、自身が持ってきた蜂蜜酒の甕を、そっとテーブルに置いたではないか。

 

 「ご、ごめんなさい――私の悪い癖。ひとを、見かけだけで判断してしまうなんて」

 ペガサスは申し訳なさそうに謝り、

 「私も寂しかったの――友達が欲しかったのよ。だからフクロウさん、お友達になって」

 フクロウは、信じられないことを聞いたかのようにくるくると首を、三百六十度、回した。

 「ほ、ほんとに――いいんですか――僕なんかで――」

 「こ、こちらこそ――私なんかで、いいのかしら――私、つまらないペガサスよ?」

 「つまらないペガサスなんていやしません! 僕だって、こんなつまらないフクロウです……!」

 ペガサスとフクロウでは、握手は難しかったが、手を取り合わんばかりの勢いで、ふたりは寄り添った。

 よかった、仲良くなれそう、とルナがほっとしたところで、ピンクのうさぎが手を叩いた。

 「さあ! パーティーを始めましょう!」

 

 ルナもウサギもペガサスもフクロウも――たくさんの部下フクロウたちも、それはそれはたくさん食べた。サンドイッチやチーズやハムも美味しかったし、ホットドックも美味しかった。ペガサスが持ってきたお酒で、みんな上機嫌になり、フクロウは自らバイオリンを弾き、楽しい宴は朝まで――ルナが目覚めるまで、続いた。

 

 目覚めたのは、ルナだけではない。遠くL系惑星群、L20。首都マスカレード、高級住宅街。

 「……チーズまじ旨い……」

 目覚めたフライヤの、第一声がそれだった。

 

 

 

 (あのチーズほんと美味しかったなあ……。あれどこの、チーズだろ……)

 夢の中で、フクロウが、「僕の生家で作っているチーズなんですよ」と言っていた。フクロウ印のチーズ工場。夢の中の限定商品であることは間違いない。

夢で見た、不思議の国のアリスみたいなティーパーティーは、ひどくリアリティがあって、フライヤはしっかり食べた物の味を覚えていた。夢の内容はうろ覚えだ。ただ、うさぎとフクロウに囲まれて、パーティーをしていたのは確か。

またピンクのうさぎの夢を見た。フライヤは特にうさぎは好きではないけれど、あのぬいぐるみは可愛かった。どこかのキャラクター商品だっただろうか。以前も、ピンクのうさぎが出てきた夢を、見た気がする。

 

 (あのチーズ、もう一回食べたい……)

 ティーパーティーだし、もちろん紅茶もあったのだが、自分が紅茶以外の食べ物を覚えていることが驚きだった。それだけあのチーズは美味しかったのだ。

 フライヤは、今朝はちょっと手間をかけて、クロック・ムッシュにした。クロック・ムッシュとアッサムのミルクティー。これで決まり。とにかくチーズが乗っているものを食べたかったのだ。

 

 (それにしても)

 自分がティーパーティーに持って行ったものを思い浮かべて、フライヤは嘆息した。蜂蜜酒にすもも酒。――母が、毎年作っていた自家製の酒だ。自分がもし、ティーパーティーに何か持っていくとしたなら、やはり紅茶缶だろうが、そのチョイスは、やはり。

 

 (ホーム・シック……かな)

 

 エルドリウスに、半ば強引にL20に連れてこられて、ひとつきが経過した。今日この日、エルドリウスはいない。今日だけではない、一週間前から彼はおらず、そしてあとひとつきは帰って来ない。――フライヤが「寂しい」と言わない限り。

 

 フライヤがL20に来てひとつきということは、フライヤとエルドリウスが入籍してひとつきということになる。結婚式こそ挙げていなかったが、ふたりは事実上、夫婦だった。キスやハグなどのスキンシップはあっても、ひとつのベッドで寝たことはない。それでも、夫婦、だった。

 夫婦となったからには、やっぱり――と、フライヤが戦々恐々としていた初夜は、結局なかった。広い屋敷の中にある、フライヤのためにあてがわれた部屋で、フライヤは寝た。エルドリウスも自分の寝室で寝た。なんとなく釈然としないものを感じながら、フライヤにとっては半分以上恐怖だった夫婦のいとなみがなかったことで、救われてもいた。まだ、エルドリウスに対して、恋の自覚すらないうちから結婚してしまい、なのにいきなり最終段階は、フライヤにはきつすぎた。エルドリウスは、フライヤの怯えを見抜いていたのだろうか。

 左手薬指の指輪を眺めながら、フライヤはもそもそとパンを食べた。エルドリウスは、指輪は絶対はずさないでねという。彼なりに、フライヤと結婚した気はあるのだろうか。結婚して数日しか一緒に暮らしていず、肉体関係すらない夫婦なのに。