「あ、イマリさん」

 化粧だけは濃い、アクション映画のヒロイン気取りの女が、遅れてやってきた友人に手を振った。

 「よう! 待たせて悪いな」

 「全然待ってないよ。ロビンさん、イマリさん、何飲む?」

 ライアンの彼女――ライアンの中では仕事上の――ブレアが、かいがいしくふたりの世話を焼こうと立った。ロビンの腕に絡んでいたイマリが、彼の腕にしなだれかかったまま、「ロビンはいつものでしょ? あたしもライチのカクテルお願い」と言った。

「うん、OK!」

 ブレアは、イマリに頭が上がらない。その微妙な力関係も、ロビンとライアンは把握している。バーベキューパーティー後、双子の姉も宇宙船を降りて孤立したブレアに、手をさしのべたのはイマリだからだ。だが、イマリも孤立していて、ほかに声をかける友人がいなかったからだということも、ふたりは分かっている。

 

 ――このふたりが、あのバーベキューパーティーでのできごとを、心底恨んでいるということも。

 

 イマリが、喉から手が出るほど「軍人」の彼氏を欲しがっていて、イマリに感化されたブレアも、そう望んでいたことも。

 イマリの地味な顔にがんばった化粧と、無駄に露出の高い服装は、みじめにすらライアンには思えた。ロビンが普段侍らせている女とは格段に劣る見目。とてもではないが、ひと目ぼれされるタイプではない。

 この女は、それでもロビンの、「おまえは俺の運命の相手だ!」という嘘を信じ切っている。

 イマリに比べたら、ブレアの外見はまだましだとライアンは思った。だが、どちらも普段なら、ロビンもライアンも、ちら見すらしない部類に入ることは確かだ。外見はどうあれ、多少の可愛げでもあったなら、ライアンも利用することに多少の罪悪感は抱いただろうが、ロビンが最初にいったとおり、このふたりには特に罪悪感を持たなくてもよさそうだった。

 なにしろ、このふたりの思考回路ときたら恨みとねたみで埋まっている。自分たちの不幸はすべて他人のせいだった。今はロビンとライアンという彼氏ができたから一時的に有頂天になってはいるが、ルナたちへの恨みは忘れていない。軍人の恋人――彼女らにとっては傭兵も軍人も変わりがないのだ――を他人に自慢することで忙しくて、行動に移していないだけで。

 イマリとブレアは、必ず恋人になった軍人に、ルナたちへの報復を期待するだろう。普段の言動からそれは簡単に見て取れた。

 

 「はい! お待たせ!」

 ブレアは息を弾ませてライチのカクテルとウィスキーを運んできた。ラガーは、カウンターにでも座らない限り、基本的にテイクアウトスタイルだ。

 「そういや、さっきアズラエルがいてよ」

 「来てたのか? ラガーに」

 ライアンの台詞に、ロビンは口をつけていたグラスから口を離した。

 「どうだった。久々の再会は」

 「相変わらずそっけねーヤツ! 一杯おごる気もなくしたぜ」

 はははと笑うと、ブレアとイマリも合わせて笑った。だがロビンは笑わなかった。

 「……おまえ、バラしてねえだろうな?」

 ロビンの視線に、ライアンはヒヤリとしたが、「言うわけねえだろ、俺の金づるがパアになるのに」と笑いでごまかした。

 「なになに!? 仕事の話?」

 ブレアが身を乗り出すと、イマリがもっともらしくたしなめた。

 「バカ、ブレア。傭兵の仕事に口出ししちゃダメよ」

 「……はあい」

 まるで、恋人のことは私が一番分かっているというような、言いぶりである。

 「さすが! 俺の女は物わかりがいいねえ!」

 ロビンがそう言って肩を抱くと、イマリははにかんだ笑みを見せた。女のはにかんだ笑みが、これほどかわいく思えなかったのは初めてだとライアンは思い、タバコに火をつけて重い気分を吐き出した。

 「だけどまあ、アズラエルも困ったやつだ」

 本日も恒例として、ロビンの口から、滔々とアズラエルに対する愚痴がこぼれ出る。これで三回目だ。アズラエルがいかに自己中心な男で、ロビンの仕事を小ずるいやりかたで邪魔するか、ということが、聞いているライアンも(よくこれだけでまかせが作れるもんだ……)と呆れるくらい出てくる。

 

 「ロビンは、アズラエルが邪魔なのよね」

 イマリが考え込む体勢を取った。

 「消しちゃえばいいじゃん、あんなやつ」

 ブレアが、唾をとばしながら簡単に口にする。ロビンもライアンも、苦笑した。様々な意味の籠った苦笑を。

 「おなじ傭兵グループの仲間は、殺せない。そういう決まりがある」

 「だって暗殺者なら、こっそり、だれにもバレずにできるんでしょ?」

 この女は暗殺が好きだなあ。全部終わったら、俺がてめえをこっそりぶっ殺してやろうかという台詞を、ライアンは腹のなかだけで呟いた。自分が殺るわけでもないのに、簡単にいいやがる。

 「黙ってブレア。ロビンは、アズラエルが宇宙船内の仕事を邪魔するのが嫌なんでしょ。だったら、宇宙船から降ろさせちゃえばいいんじゃない?」

 イマリが言った言葉に、ロビンもライアンも目を光らせた。その言葉を待っていたのだ。

 「宇宙船を、ねえ……。そうだな」

 ロビンは勿体ぶってゆっくりとグラスを空け、イマリの頬にキスした。

 「さあすが! 冴えてるぜ俺の女神さまは!」

 「だとしたら、俺たちだけじゃ無理だ。協力者が必要だな」

 ライアンが、おおげさな身振りをする。

 「あたしたちに任せてよ! いい作戦がある」

 「へえ。どんな?」

 意気込んで言ったブレアに、ライアンもロビンも、興味津々といった顔で乗った。

 ブレアの口から出る作戦に、イマリも頬を紅潮させ、完全に乗り気になった。

 「いいわそれ! ブレア。それなら、あのブスたちにも痛い目遭わせられる!」

 イマリの言うブスの代表格とは、もちろんルナのことだ。そこにシナモンやレイチェル、ミシェルも入っていることは間違いがなかったが。

 「思い知らせてやる」

イマリの顔はもとから美人ではなかったが、さらに醜く歪んでいた。いくら仕事とはいえ、この女を抱けるロビンにライアンは感嘆した。自分は真っ平御免だと思ったが。

ロビンは目を細めて、「いいぜ。じゃあ、イマリたちのお手並み拝見と言ったところか」と笑う。

 「任せて!」

 イマリとブレアは鼻息もあらく言った。

 

 これで、すべての計画はイマリとブレアで立てたことになる。ロビンはアズラエルの愚痴を言っただけ。すべては、この女二人だけで計画し、この二人だけで行うことだ。

 ライアンは、手元のICレコーダーを停止した。二人の会話はすべてとってある。あとはすこし弄って、自分とロビンの名と声を消すだけ。

 

 ライアンとロビンの口端に浮かんだ笑みの意味を、女たちは分からなかった。