クラウドが運転手になったことにより、高速道路の使用が可能になり、ルナが予定していた時間よりよほど早く中央区に着いた。クラウドは一度、共同墓地に行ったことがあるらしく、カーナビも見ず、スムーズに到着した。ルナが運転していたら、さんざ迷っていたかもしれない。中央区はずいぶんと道が入り組んでいた。

 

 「へえ。じゃあラグバダ族っていっても、L4系にいるラグバダ族とは違うんだ」

 「違えよ! あいつらは純粋なラグバダ族じゃなくて、べつの民族の血がまじってるってじっちゃんがいってた! 純粋なラグバダ族はエルトしかいねえんだ」

 「ラグバダ族は普段何をして暮らしてるの」

 珍しくクラウドはピエトを助手席に乗せて、(なんとミシェル以外を!)ずいぶん熱心に話しこんでいた。ピエトの話すことは、クラウドの知的好奇心をおおいに満足させているらしい。ピエトも、朝は「あいつムカつく!」と言っていたが、基本的に子どもをあまり子ども扱いしないクラウドの態度を、ピエトは気に入ったようだ。アズラエルはともかく、クラウドとは打ち解けてくれているようで、ルナはほっと胸をなでおろした。

 

 「でもま、アズラエルと結婚するまえから子持ちになるって、なんだかルナらしいや」

 「そ、そうかな?」

 どのあたりがルナらしいのか、ルナにはとんと分からなかったが、ミシェルはひとりで納得したように頷いている。ミシェルはピエトが一緒に住むことに関してとくに意見はないようだった。悪い子ではないし、賑やかでいいんじゃないという、こちらはこちらでミシェルらしいさっぱりとした意見だった。

 

 中央区の街並みに、ふいに現れた針葉樹林の小さな森。車はその中に入って行った。すぐにひろい駐車場に出る。タクシーが何台か停まっていた。

 途中で見つけた花屋で、大きな花束をふたつ買った。花束の一つはピエトが持っている。

 「ルナ、ありがとな! 俺、ピピのところに来たかったんだ」

 たくさんの墓が居並ぶ広い墓地だ。これらの墓は、すべて宇宙船内で亡くなった人の墓地なのだろうか。もっと小ぢんまりとした場所を想像していたルナは、墓地公園のようなひろさに驚いた。迷ってしまいそうだとルナは思ったが、ピエトは迷わず、ピピの墓まで先導した。

ピピの墓は小さな大理石の半円形の墓石で、出身星と生年月日と没年月日、名前が刻まれている。ピエトが以前来たときに供えた花が枯れて、周囲に散らばっていた。

 「すごいじゃない。まっすぐ来れるなんて」

 ミシェルが誉めると、「何回も来てるんだ」とピエトは言った。

 「タケルに言うなよ。俺、学校サボって来てたんだから」

 「え!? ひとりで?」

 ルナが驚くと、ピエトは、

 「タクシーに乗れば来れるぜ? メシ一回分我慢すれば来れるもん」

 と自慢げに胸を張った。

食事を抜いてまで、弟の墓へ来ていたのか。ルナは言葉を失った。このことを、タケルとメリッサは知っていたのかどうか。ピエトの行動は、彼らの目を盗みがちであったことは間違いない。

ピエトの報酬の半分は、ピエトの望みで、L85のピエトが住んでいたコミュニティーの育て親へ送られている。だが、食費に困るほどの金額しか残らないわけではない。この宇宙船で船客が受け取る金額は、貴賤も年代の差もなく一律だ。ルナとピエトが毎月貰う金額は同じ。よほどの頻度で、ピエトがこの場所に来ていたことになる。食費がタクシー代に化けるほど。そんなにも寂しかったのだと、ルナは胸が痛んだ。

 

 「花はその辺に生えてるの抜いてたぜ。宇宙船のなかって、花まで売ってンのな。生えてるのにしたらいいのに」

 どうやら、周りの花壇の花を引っこ抜いていたらしい。

 「これらの花は引っこ抜いちゃいけないよ。鑑賞と景観のために役員がわざわざ手入れして植えてるんだから。野生の花じゃないんだよ」

 クラウドの説明は、ピエトにはよくわからなかったようだが、取ってはいけないということはわかったらしい。

 「宇宙船のなかって、なんでも金かかるなあ」

 大人びた口調で言うピエトに、三人の大人は苦笑いした。

 

 「ピピ、俺、ルナと暮らすことにしたよ」

 ピエトは墓の前の枯れた花を退け、花束を置いた。

 「ルナが買ってくれたんだぜ! すげえだろ」

 そう言ってピエトは墓の前にしゃがみ込み、しばらくじっと墓石をみつめていた。ピエトの弟のピピのことは、車中でミシェルにも話していた。ミシェルとルナは顔を見合わせ、なんとなく、ピエトより先に涙ぐみそうだったので、大人二人は辛うじてこらえた。ピエトも目のふちにいっぱい涙がたまっていたが、それが落ちる前に立ちあがった。

 「今日は忙しいからさ、また来るよ、ピピ」

 涙をごまかすように小さな身体をぴんと跳ねあげ、ピエトは「もういいよ!」と言った。

「まだ行くところ、あるんだろ?」

 

 クラウドもまた、こちらは人外の記憶力の持ち主なので、一度来ただけだったマリアンヌの墓に、これまた迷いもせず辿りついた。ルナたちはクラウドのあとをついていくだけで良かった。

 マリアンヌの墓もピピの墓同様、墓石の前に枯れた花があった。こちらは小さなうさぎの絵がついたガラスコップに飾られていた。ガラスコップは、ロビンがマリアンヌに買い与えたものだ。彼女がまだ生きていたころに。

クラウドは枯れた花をまとめてゴミ捨て場へ持っていき、近くの水場でコップを漱ぎ、コップにではなく墓前に花束を横たえた。コップに差すには、花束が大きすぎた。

 この共同墓地は定期的にひとの手が入って掃除されているのだろうが、今日は掃除の前に来たらしい。枯れた花は、ヴィアンカが供えたものか、それとも、ロビンか。クラウドは、あのロビンが今でも感傷的に墓参りをするとは考えなかった。

 「……まあ、ヴィアンカのほうで正解だろうな」

 だが事実、ロビンはクラウドより定期的に、この墓に訪れていたのだけれども。

 

 「これは誰?」

 「うんとね――クラウドの、お友達」

 ピエトに聞かれ、ルナは正直、マリアンヌの存在をどういっていいものか考えたが、そう答えた。間違いは、ないとおもう。

 「うんまあ、そうだね。宇宙船に入ってからできた友人かな……」

 クラウドも肯定してくれたので、それでよかったらしい。ミシェルも神妙な顔でマリアンヌの墓を見つめていた。ルナもミシェルも、マリアンヌには一度もあったことがない。それでも、この存在感の大きさは不思議なくらいだった。

 気づけば、クラウドがじっと自分を見つめていることに、ミシェルは気づいた。

 「なに?」

 「いや――まあ――ミシェルが妬かないかなって」

 「は? 妬くようなことでもしてたわけ?」

 相変わらずミシェルの返事はツンツンしていたが、ルナにはちょっぴり分かった。驚くべきことに、ミシェルはちょっとだけ、ヤキモチを妬いているのだ。

 「ふふ……」

 ルナは含み笑いをし、隣のピエトに、「何笑ってんだルナ?」と尋ねられ、それがアズラエルの口調とだいぶ似ていたので、「なんでもないの」とウサ耳をぴこぴこさせながら答えた。

 なんとなく、マリアンヌも笑っているような気が、ルナにはした。