郵便庁舎に着くまでに、ルナはぼへーっとミシェルの言葉を想っていたし、ミシェルはいつのまにか寝ていた。クラウドもアズラエルもとくに喋らなかったし、めずらしく静かな車内のまま、郵便庁舎に到着した。

 

 「ミシェル、着いたよ。ミシェル」

 ルナはミシェルを揺すったが、「……ン〜、もう着いたの?」と、ミシェルはひどく眠そうだった。「車の中で寝てる?」ルナは聞いたが、「ううん。行く」とぼんやり顔のまま車から出た。

 中央区役所の第一駐車場は、今日はすいていた。めのまえに巨大なビル――ルナたちが宇宙船に入ったときに様々な手続きをしにきた、中央区役所である。その四階に、郵便庁舎が入っている。

 ルナたちは広いロビーを抜け、エレベーターで四階へ上がった。受付でルナが通知を――誰かさんが破いたのでセロハンテープで補修したものを――出すと、「こちらへどうぞ」と担当の役員が案内してくれた。

 エレベーターで地下三階へ。郵便物の倉庫がある。

 

 「こちらですね」

 倉庫で示された郵便物を見て、ルナもクラウドもアズラエルも、予定外だという顔をした。絵は、普通自動車にはいる大きさではなかった。畳二畳もありそうな、大きな包み。通知には、絵の大きさは書いていなかったのだ。

 「乗用車でお越しですか――でしたら、お届けしますが」

 役員は言った。今の時間帯に手続きすれば、今日中にお届けが可能です、と。

 「あ――えーっと……。すみません。ちょっと相談してから、また来ます。一時間後くらい――あの、取り置き期間は、あと三日ですよね?」

 クラウドの言葉に役員は、不思議そうな顔をして頷いた。

 「そうですね。しかしこちらのお荷物は、発送先がすでに消失しておりまして。代わりの返送先もございませんので、お客様がお受け取りになられない場合は即時廃棄となりますが……よろしいでしょうか?」

 「あ、だいじょうぶです。ちゃんと受け取りますので――でも、すみません。もう一度来ます」

 クラウドは、不審そうな顔の役員を後に、そそくさと三人の背を押してエレベーターを上がった。

 

 

 

 中央区役所を出てすぐのカフェに、四人は入った。飲み物を注文したあと、

 「さて――どうするか」

 クラウドが口火を切った。「まずは、届けてもらう方向で、」

 「冗談じゃねえ。請求書が入ってたらどうすんだよ。押し売りだったらどうすんだ。俺は絵なんぞに一デルだって払う気はねえぞ。第一、あんなでかい絵、家に持って帰ったって飾れるかよ。廃棄でいい廃棄で!」

 アズラエルが断固としていったが、クラウドは「アズの意見は却下」とすげなく言った。

 「クーリングオフがある。――ま、サルーディーバ記念館からってだけで、裏があることくらいわかるだろ。押し売りなわけないでしょ。記念館を騙ったサギなんて、聞いたことないよ。アズは、サルーディーバ関連なのが気に食わないだけ――ルナちゃんは、まるで見当がつかないんだよね。今回の件」

 「う、うん」

 ルナは、足りない頭で必死に考えた。だが、サルーディーバ記念館から絵が送られてくる予定はなかった。サルーディーバ記念館、というものがあることも、ルナは今日知ったのだ。ルナはサルーディーバさんに相談してみようかといおうとしたが、アズラエルが怒りそうなので黙っていた。それを言うのは、最終手段にしておこう。

 

 「でも、ルナちゃんあてに届いたんだよね? どういうことだろう……」

 クラウドが思考スタイルに入った。ミシェルがココナツジュースを飲みながら、

 「とりあえずあれ、何の絵なの?」

 と聞いた。ルナとクラウドは顔を見合わせ、「何の絵だろ」と尋ねあった。

 中身を見るには梱包を解かなければいけない。だが倉庫で梱包を解いてしまったら、その場で再度梱包は難しい。かなり丁重に、複雑に梱包してあることが伺えた。中身はかなりの貴重品だ。サルーディーバ記念館からの絵となれば、世界遺産にもなっている百五十代目サルーディーバの絵にほかならないだろう。傷をつけでもしたら――世界遺産の弁償代など考えたくもない。

 

 「だから、一回持って帰って、」

 「絶対だめだ」

 なぜか、今回はアズラエルが意固地だ。譲らない。

 「アズ」

 「ダメだっつったらダメだ。あれはなんだか嫌な予感がする」

 ルナはびっくりした。アズラエルの腕に鳥肌が立っているのだ。

 「俺は見たくない。なんだか知らんが、あの絵は絶対見たくない。家にも持ち帰りたくない!」

 そういって、黙ってコーヒーを飲みほし、ウエイトレスを捕まえて二杯目を注文した。

 「見たくないって……じゃあ、どうすれば、」

 ルナが言いかけたところで、クラウドが閃いたように言った。

 「じゃあ、こうしよう。あの梱包は、俺とミシェルとルナちゃんとで、あの倉庫であける。開けたら、庁舎内にある荷物保管庫を借りて、そこに預けよう」

 中央区役所の中にある中央銀行には、貴重品をあずかる保管庫がある。アズラエルも自身の傭兵道具を預けているところだ。無論有料で、保管料は安くはないが、預けるとしても一週間くらいだろう。中身を見なければ話も始まらないが、アズラエルが持って帰りたくないというのだから仕方がない。

 「俺が見なくていいんなら、特に問題はない」

 アズラエルはついに三杯目のコーヒーを注文した。「アズだいじょうぶ?」ルナが心配そうに言った。アズラエルの顔は、真っ青になっていたからだ。

 「大丈夫だ」

 彼はそういったが、大丈夫そうには見えなかった。

 

 

 

 アズラエルがロビーに待機して、クラウドとミシェルとルナが、もう一度役員とともに地下三階の倉庫にもどった。ここで中身を確かめるというと、役員は困った顔をした。当然だろう。恐ろしい額の保険がかかった荷物を、ここであけるというのだ。だが、クラウドがしつこく説得した。すぐ銀行の保管庫に預けるということで、承知してもらった。

 カッターを借り、クラウドが厳重な梱包を解いていく。役員がソワソワと落ち着きなく、それを眺めていた。

 

 (――あ)

 

 徐々に露わになる中身――ルナは、途中でそれが何の絵か、わかった。そして、アズラエルの体調不良の理由も。

 

 「あ、これ」

 クラウドが、絵の上に被さっていた布を退けた。全貌があきらかになって、ミシェルが驚き顔でつぶやく。

 「これ、“船大工の兄弟の絵”じゃない? マーサ・ジャ・ハーナの神話の」

 ミシェルの言葉通りだった。

 

 ふたりの逞しい男性――船大工の兄弟が、枯れ枝を抱いて、悲痛に泣き叫んでいる絵。

 

 ルナは、こくりと唾をのんだ。

 

 茶褐色の髪の兄と、銀色の髪の弟と。船大工サルーディーバの、息子たちの物語。

 

 「……思い出した」

 「え?」

 クラウドとミシェルが、ルナを見つめた。ルナは思い出した。

 

 「これ、“八つ頭の龍”さんにあげなきゃいけないんだ。約束したもの」