金にならない芸術なんて、ただのクズよ!

 (アンジェラ・D・ヒースの語録より。)





九十六話 羽ばたきたい孔雀と、偉大なる青い猫



 

 「また週刊誌が騒ぎ立てているね」

 わざとらしく咳払いをし、いかにも困ったという顔をして、つり目の女――おんなのようにも、男であるようにも見える――は音を立てて週刊誌を閉じた。

 ララの傍には、性別不肖な人間が多い。ララ本人が、男とも女ともいえない人物だからかもしれないが。

その手にあるのは、芸能人や著名人のゴシップを、悪意を込めておもしろおかしく取り上げている週刊誌である。このアンジェラのアトリエにある、美しいガラス彫刻のテーブルのうえに五冊はあった。同じ週刊誌が五冊ではなく、別々の出版社が出しているゴシップ誌が五種類――そのどれもが、トップ記事として、アンジェラの件の台詞を取り上げていた。

評価はさまざまである。傲慢だの何様だといったこきおとすものから、アンジェラでなければ言えないだろうという皮肉めいたものから。雑誌でこれなのだから、ネットではもっとひどい有様だろう。

 

 「ねえアンジェラ」

 つり目の監視者は猫なで声で言った。

 「ちょっと今回ばかりは、言い過ぎたと思っているのだよね? ねえ……」

 ララの取り巻きのひとりではあったが、ララに愛でられるよりはアンジェラを愛でたいほうの監視者は、アンジェラに寄り添うように近づいて肩を撫でた。とたんに、アンジェラの鋭い拒絶――顔に傷でもつけんばかりの勢いで腕をはらったが、監視者は微動だにしなかった。

 「機嫌が悪いね、女王様」

 触れられるのに嫌悪を催したわけではない。アンジェラの目は逆に――欲望に煮えたぎっていた。

 「あたしを抱くの。抱くなら抱きなさいよ!」

 「そうしてほしいのね」

 息を唸らせているアンジェラをうっとりと見つめ、

 「でもまだダメ……私は、ララさまから言いつかっているんだから。ねえ、アンジェラ。今回ばかりは言いすぎたのだよね?」

 額と額を合わせる――アンジェラは、焦れたように怒鳴った。

 「ララがなによ!!」

 アンジェラは、怒鳴った勢いで自分の頭が破裂したかと思った。現実には、脳がぶれるほどのつよさで床に叩きつけられたのだが。当然のように、美しい顔に傷はつけられていない。

 「顔しか価値のない鳥頭の女を一匹飼っていると思えば、我慢はできるけれどもね」

 監視者はアンジェラのあらぬ場所を踏みにじりながら嗤った。アンジェラの絶頂に、笑いは大きく膨らんだ。

 「アンジー、あなた、不安でならないでしょうよ」

 アンジェラの涙は、悦びも不安も、一緒くたになったものだ。監視者は知っていた。

 「わかるよ――でも、ララ様のお立場を傷つけることは、誰にも許されないの。私からもララ様からも、相応の仕置きがあると考えて頂戴。でもね、」

 アンジェラは、歓喜の声を漏らした。もう言葉は、耳の入り口を通り過ぎていくだけだ。

 「ララ様は、アンジーの言葉には微笑んでいらしたよ。さすがアンジーね……って」

 「ララ……」

 アンジェラは虚空に手を伸ばした。

 

 砂漠でドライアップ寸前の旅人が水を求めるように。

 赤子が、母を求めるように。

 つれない恋人の背を追いかける女のように。

 

 「ララ、ララ、ララ」

 「そう。あなたはアンジェラよ。アンジェラはアンジェラらしくありなさい。欲望のままに求めて感情のままに荒れて吠えて、迸るように生み出しなさいな」

 

 一度朽ちて、果てるまで。

 

 「それが、ララさまの伝言よ」