一週間後。

 

宇宙船の入り口ゲートには、とんでもない見送りの人数が集まっていた。

あのバーベキューパーティーに集った仲間が、勢ぞろいしたのだ。

ルナたちがシナモンたちを誘って着いたころには、もう結構な人出で、ルナは驚いた。

ルナたち五人(ピエト含む)にレイチェル夫妻とシナモン夫妻。リサとミシェルはもう来ていた。かれらはもとより、ラガーの店長、デレクにマスター、エルウィンも来ていた。バーベキューパーティーには来なかったが、ロイドとキラもいた。カザマにヴィアンカ、バグムント、レオナとバーガス夫妻も。タケルとメリッサ、ユミコも、もと白龍グループの若手役員まで。

あのバーベキューパーティーにきた参加者、ほぼ全員だ。

アントニオは、あの日の言葉通り、やはり来ていなかった。

 

だれにもらったのか知らないが、エレナが大きな花束を抱えて、チャンとマックスと、何か話しているところだった。セグエル――赤ちゃんは、セルゲイが傍で抱いていた。

「ルナ!」

エレナがルナの姿を一番に見つけて、手を振ってくれた。

「見送りに来てくれてうれしいよ」

 「すごい人だね」

 「うん、ほんと――チャンさんとマックスさんが連絡してくれたみたいで、こんなにたくさんの人が来てくれて。びっくりしちまったよあたし」

 

 「ルナ」

 グレンがさっそくルナを抱きしめようとして、アズラエルとぶつかった。いきなりルナの前に飛び出たアズラエルを抱きしめるところだったグレンは、こめかみに青筋の立った状態で、「退け、カス」と凄んだが、「退くか、ハゲ」と返ってきただけだった。

 会えばすぐにいがみ合う猛獣二匹を尻目に、赤ちゃんを抱いたセルゲイとカレンと、じつにおだやかに「久しぶり」の挨拶を交わしたルナは、エレナの赤ちゃんを抱かせてもらった。

 一度、エレナの家に遊びにいったときに抱かせてもらったことがあるだけだ。赤ちゃんのふわふわした匂いと、感触。

 (君とも、いっしょに地球に行きたかったな)

 ルナはセグエルをあやしながら、誰にも聞こえないような声で、つぶやいた。

 

 「チャンは宇宙船に残るってよ」

 グレンがため息交じりに言ったのに、ルーイが笑いながらかえした。

 「おまえみてーに何が起こるかわからねえ船客を放って、宇宙船を離れられねえとさ」

本来なら、船客を生家まで送るのは、その担当役員の義務であるそうだが、ルーイの担当役員であるチャンは宇宙船に残り、エレナの担当役員であるマックスが、L53のルーイの生家まで、彼らを送り届けることになったそうだ。

 

ルナは、ジュリの姿が見えないことに気付いた。

「――ジュリさんは?」

思わず口にしていた。カレンが、苦笑しながら「あっち」と教えてくれる。

ジュリはずっと集団から外れたところで、立ちすくんでいたのだ。

「仕方ないよ――あれでも、聞き分けた方だと思う」

 

エレナは、下唇をかんで俯き、青い顔をしているジュリのところへ行った。ジュリはエレナが来ると、ますます顔をしかめてそっぽを向いた。エレナは、小さく、ほんとうに小さく言った。周囲に聞こえないような声で。

「――あんたも一緒に来る」

「――え?」

エレナは、ジュリは連れて行かないといった。セルゲイ先生も、いっしょに行っちゃだめだといった。ジュリは荷造りなどしていない。ほんとうに今さらだ――もう、L系惑星群に帰る宇宙船は出発しようとしているのに。でもエレナは、意地悪で言っているのではない。エレナの顔は真剣だ。

「荷物なら、あとからでも送ってもらえる」

宇宙船のチケットも、混んでないから何とかなるって、マックスさんも言っていた。

エレナはそう言った。

ジュリは、鼻水を垂らした顔を間抜けに上げ――思わず、頷きそうになった。一緒に行くと、言ってしまいそうになった。

 

「行かない」

ジュリは半泣きのまま、笑顔で首を振った。

「あたし、行かない」

 

拍子抜けしたのは、エレナのほうだった。

エレナは驚いた顔をしたあと――「そう……」とぽつん、呟き、

「……じゃあ、元気でね」と背を向けた。

「エレナ!!」

顔中涙でぐしゃぐしゃのジュリは、「じあわぜになっでね!!」と叫んだかと思うと、ステーションの長い廊下を走って行った。

「ジュリ!!」

エレナも叫んだ。ジュリの背に追いつくように。

「あんたも、幸せになってね!!」

 

――見るのは、ジュリの泣き顔ばかりだ。

エレナは思った。

L44で、あんなひどい泣き笑いの顔の、ジュリの手を引っ張って逃げた。それが終わりで、はじまりだった。L44の娼婦人生の終わりと、あたらしい人生の始まり。

 

いつもジュリは泣いてばかりだ。

エレナに叱られ、嫌われ、喧嘩をして。見捨てられたと泣いて、許してもらったと泣いて、いなくなったと泣いて、エレナが心配で泣いて。

 

でも、大好きなエレナ。

エレナもあたしが大好きだった。

いっしょに来てもいいって、言ってくれた。

 

ジュリは、誰もいないステーションの回廊の途中でぺたりと座り込み、吠えるように泣いた。

 

 


エレナとルーイは、見送りに来てくれたすべての人間と、握手かハグを交わした。

レオナとヴィアンカは、大きくなったおなかを突き出して、明るく笑った。

「湿っぽいのは嫌だからさ――あたしは泣かないよ」

レオナは鼻を啜りながら言った。

「もう一回くらい、三人でケーキバイキングに行っておくべきだったね」

「ケーキ屋潰すくらい、食べておけばよかったわ――いまさらだけど」

それが役員の台詞かよとレオナに小突かれたヴィアンカは、エレナを何度も勇気づけてくれた豪快な笑顔で、「L53でも達者でやってね!」とエレナの肩を叩いた。

 

 最後に、一緒に暮らしたセルゲイ、グレン、カレンの順にハグをし、カレンが涙の残った顔で、セグエル――赤ん坊を抱いた。

「あんたを抱くのも、これできっと、最後だね」

カレンは、赤ん坊の小さな手をつつきながら呟いた。


「じゃあ、みんな――さよなら」

L系惑星群行きの宇宙船の出立を告げるベルが鳴った。ルーイがグレンの腕からセグエルを受け取り、マックスとともに背を向けた。

「ルーイ、達者でな」

グレンの言葉に、今日は泣くまいとしていたルーイの肩がびくりと揺れた。

「おっ……おまえこそ、」

ルーイは振り向かずに怒鳴った。

「……地球に着いたら真っ先に俺にメール送るの、忘れんなよ。写真付きでな!」

「ああ」

グレンはしっかりとうなずいた。

「ありがとう、ルーイ」

 

……俺を、宇宙船に誘ってくれて。

 

エレナは最後にルナを抱きしめ、「きっと、地球に着いてね」と呟いた。ルナも「うん」と返事を返した。エレナの首には、ルナがあげたお守りが下がっていた。

「L53に着いたら電話する」

「うん」

「あの、顔が見れるやつね。声だけのはいや。アドレスの数字は、アズラエルから聞いたのがあるからだいじょうぶ」

「……うん」

「ルナ……」

リズンで言葉は言いつくした。あと、言うことはひとつだ。

何度も言ったけれど、やっぱりもう一度言いたかった。

 

「ありがとう」

 

――あたしの、女神様。