……このゲートから、また友達を見送ってしまった。

 

ルナはさみしさに駆られながら、エレナとルーイが去って行った回廊を見つめた。

ケヴィンとさよならをして、ナターシャとアルフレッドをここから見送った。ここからエレナたちを見送るなんて、そんなこと、思ってもいなかった。

エレナとは、きっと一緒に地球を見ると思っていた。

 

「あんまりあたしは面識ない人だけど、見送るっていうのはなんだかさみしいね」

レイチェルがルナの手をきゅっと握って言った。

「うん……」

「ルナは、降りないわよね」

レイチェルがルナの目を覗き込むようにして聞いたので、ルナは慌てて「降りないよ! 地球に行くんだもん」といった。

「ルナは――あたしが降りたらさみしいって思ってくれる?」

「えっ……レイチェルも降りちゃうの」

ルナがびっくりして聞くと、急にレイチェルはにこっと笑みを見せた。

「おーりーなーい! ……よかった。ルナはさみしいって思ってくれるんだ」

「当たり前だよう! 何言ってるの……」

ルナが焦ったように言葉を継ぐと、

「お〜い、レイチェル、ルナ、これからマタドールカフェに移動だって! 行く?」

エドワードが叫んでいる。ルナが何か言う前にレイチェルが「もちろん!」と言い、エドワードのほうへ走った。おなかは大きい。レイチェルの予定日は九月だ。

(赤ちゃんを産んだら、レイチェルも降りるっていわないよね……)

ルナはもう一度エレナが去ったほうを振り返り、どことなく悄然と肩を落としながら、みなの後を追った。

 

 

 

 

「ええっ!? メ、メアリーさんたちも降りちゃったの?」

ルナの絶叫は、マタドールカフェの喧騒にかき消された。

本人のいないお別れ会――エレナたちを見送ったバーベキューパーティーのメンバーは、マタドールカフェに場所を移して、お別れ会という名の飲み会で騒いでいた。

ルナは、レイチェルたちといっしょの席で飲んでいた。キラとロイドもその席に交ってき、ルナは久しぶりに彼らと話したのだが、思いもかけない事実に叫ばざるを得なかったのだった。

 

「うん。――もう、一ヶ月になるかな」

ロイドが頷いた。その顔はやはり寂しそうだった。

「さ、三人とも?」

「うん。あれだけいろいろあったのに、お別れのときって、あっさりしちゃうものだね」

ロイドと親しくしていたメアリー夫妻とジェニファーも、宇宙船を降りてしまったという事実は、寂しがりうさぎのがっかり感を増幅させるだけだった。

「な、なんで!? だって、おうちまで売ってお金作って、宇宙船に乗ったんだよね?」

ロイドはキラと顔を見合わせた。

「そう聞いてはいたけどね――ラムコフ氏の親せきの方で、何か問題があったらしくて、ラムコフ氏自身が出向かなきゃならなくなったみたいで――僕らも、くわしくは聞いていないんだ。落ち着いたら電話をくれるみたいだけど、今日のエレナみたいに、三日後に降りるっていって、ほんとうにあっさり行ってしまったんだ」

「あたしたちとママは見送ったけど、ほかの人を呼ぶ余裕なんてなかったの、ごめんね。ルナとアズラエルにもよろしくって。ほんとに慌ただしく行っちゃった」

ルナは呆然と、言葉を失った。

「今この宇宙船をたっても、L系惑星群に着くのは最速で三ヶ月後だって。躊躇してるヒマはなかったんだ。ラムコフさんも」

ロイドは自分も納得させるようにそう言ったが、やはり声に元気はなかった。ルナも、力なくつぶやいた。

「……メ、メアリーさんたちは、地球に行くと思ってたんだ、あたし」

彼らは、行けるものと。

 

「そうはいうけどさ、ルナ。あたしらがここに住んでたころいた、K27区の子も、だいぶ減ったよ」

リサがカクテル片手に、会話に割り込んできた。

「あんたは、いっつも同じ人ばかりとしかいないから気づかないだろうけど、あたしが知ってるだけでも、もうこの地区だけで十五人は降りてるよ」

「ほっ……ほんと!?」

「あたしらが宇宙船に乗ったころさ、合コンやったじゃん。五十人くらいいたやつ。あのなかの三分の二はたぶん、もう降りてる」

ルナは口をぽっかりと空けた。ルナが知らない間に、ずいぶん人は減っていたのだ。

 

「けっこう、降りてる人がいっぱいいるのは分かるなあ。でも、この宇宙船に乗ってるのは、俺たち船客だけじゃないから、人が減ったって感じはあまりしないんだよね」

エドワードが、ロイドの分と、自分の分の水割りをかき混ぜながら呟く。ロイドも同意した。

「そう。僕もびっくりしたんだけど、なぜ気づかなかったかなあって。この宇宙船を動かす船員っていうか、地下で働いている人たちも大勢いるわけで。それらも勘定すると、そうとうの人数がいるんだよね」

「びっくりしたのはルナの子どもよ!」

レイチェルとシナモンが、声を揃えて言った。

「あたし生んでないよ」

ルナはそれだけいうのが精いっぱいだった。なんだかしらないが、ピエトを構い倒しているのはバーガスとレオナで、タケルとメリッサがそばにいる。バーガスがピエトを肩車して喜んでいるのが、ルナの席からも見えた。

「でも、アズラエルそっくりなのよ」

シナモンが、呆れたように言う。彼女は今日何度それを言ったか。ルナはしばらく、この会話が繰り返されるだろうことを覚悟した。アズラエルは最初から投げていて、今日はなるべくピエトのことを聞かれないようにバグムント達のほうに交じっている。

 

「あたしの子どもが生まれたら、ルナとピエトと、四人でいっしょにスーパーに行くの」

レイチェルが夢見るように言った。

「ピエトって、もうあんたの子どもでいいんじゃない? てか、早く結婚しちゃいなよアズラエルと」

リサが追い立てる。ルナはうさぎ口をしたが、「それよりも、まだ発表してない、大事なことがあるだろ!」

今度はメンズ・ミシェルが現れた。酔った彼は、後ろからがばっと、ロイドとキラに覆いかぶさる。

「ルナは無事出産を済ませた」

「あたしは生んでないんだ!」

ルナはついに叫んだが、酔っ払いには伝わらなかった。

「次は、キラの番だ!」

皆が、ええっという顔で、キラのほうを向く。ルナも、自分の出産疑惑が吹っ飛んだ。

キラは、めずらしく照れた顔で俯いていた。キラだけではない、横にはもっとゆでダコになったロイドが。

「もしかして、キラ、おめでた!?」

リサのツッコミが一番早かった。

「……へへ、じつは、うん……」

「さ、三ヶ月、だって……」

ロイドの蚊の鳴くような声を、みんなは息を詰めて聞いた。

今日は、珍しくキラがソフトドリンクだと思ったら。ルナは思わず、キラのおなかに目をやった。そこにはTシャツに隠れた、いつもどおりキラのスリムなおなかがあった。

 

「おめでとーっ!!!」

いつも乗り遅れるルナはともかく、みなの歓声は同時だった。急に大歓声が響いた一角を、周囲が注目したが、おめでとうの歓声はいやがうえにも店内にこだまする。すぐにロイドとキラは十重二十重に囲まれる結果になってしまった。

ロイドとキラに殺到した皆の間を縫って、店の中を、ルナはあらためて見渡した。

やはり、セルゲイとカレン、グレンとジュリは来ていない。エレナとルーイと一緒に暮らしてきた彼らだ。さすがのジュリも今日は騒ぐ気にはなれないだろうし、みんなもジュリと一緒にいるのだろう。

ルナは、皆がひととおり、キラとロイドの頭を撫でまわしたり乾杯して祝辞を述べた後、隣からこっそりと、「おめでとう」と耳打ちした。ふたりははにかんだ笑みで、「ありがと」と言った。

カウンターの向こうにいるエルウィンも、嬉しそうな顔でこちらを見つめていた。ルナが口パクで「おめでとう」というと、彼女はウィンクを返した。

 

(……ここにいるみんなと、地球に着けたらいいのに)

 

ルナは、お祝いに湧く店の中を、万感の思いを込めて見渡すのだった。