「――そこまでは聞いた。そのあと、進展があったんだな?」

ミラの問いに対するアイリーンのこたえはイエスだ。

「昨日、エーリヒから連絡が」

やはり、情報提供に対する条件でした、とアイリーンは言った。

「……金か?」

ミラは言って、まさかな、と苦笑した。

「いいえ。金ではありませんが、多少厄介です」

「なんだ?」

「情報を渡すひきかえに、エーリヒの危急の折に、L20の心理作戦部を動かしてほしい、と」

「なんだって?」

ミラはさすがに、苦い顔をした。

「個人の危機に、心理作戦部をうごかせというのか? ――その危急とはなんだ」

「分かりません」

アイリーンも同様、苦い顔を隠しもしなかった。

「くわしくは。だが、危急に陥る不確定要素が、あるということでしょう。時期はおそらく、来年末あたりだと――」

「来年末?」

ミラはますます分からん、といったふうに首を振った。

「来年末に、なにかがおきるっていうのかい」

「……」

 

L20の心理作戦部は、L18以上に、世に知られていない。アイリーンは何度か、L18の心理作戦部に訪れているが、エーリヒをはじめ、L18の心理作戦部の隊員がL20のそれに訪れたことはない。通説では、L20に心理作戦部はないことになっているのだ。

 

「みだりに動けば、わが星の心理作戦部の存在があかるみに出るな……」

「いかがいたしましょうか」

 

アイリーンの表情に焦りはなかった。そうだ。もう資料は手のうちにある。取り引きならば、情報を渡すまえに、先のエーリヒの言葉があってしかるべきだが、エーリヒは取り引き材料をすでにこちらに渡してしまった。

ミラやアイリーンが頷くのを当然だと思っているほど、あの男は単純ではない。だが、取り引きにしては、あきらかにエーリヒに分が悪い。

ミラとアイリーンは見つめ合い、互いの考えが間違っていないことを確信した。

ミラのほうが先に、口を開いた。

 

「……来年末に、L18に何かが起こると、そういうことだな?」

「僕も、そう見ました。おそらくは、L20が動かざるを得ない、なにごとかが起こる、と」

 

エーリヒは、情報を「提供」したのではない。「避難」させたのだ。

いままでL18の心理作戦部が構築してきたデータが、滅びないように。それは、裏を返せば、「来年末」、L18に何かが起こるということだ。データが滅ぶような――L18の心理作戦部も無事ではすまない――なにかが起こると。

そしてその際に、自分の身柄を助けろと、暗に言っているのだ。

 

「――政変か」

ミラは難しい顔をした。L18で政変が起これば、L20も沈黙してはおられまい。かならず巻き込まれる。エーリヒは油断のならない男だが、恩を売っておいて悪い相手ではない。

 

「あの男は、L19のロナウド家に泣きつくと思っていたがな」

エーリヒのゲルハルト家が、ロナウド家と姻戚筋なのは、周知のことだ。

だが、L19に心理作戦部はない。隠しているわけではなく、ほんとうにない。

木は森の中に隠すべし――心理作戦部の資料は、心理作戦部に。

エーリヒが、独断で資料をL20に、しかも心理作戦部におくったわけが、ミラにもアイリーンにも、やっとわかった。――あくまでも推測にすぎなかったが。

L20にとっても、資料が必要なのは確かだ。

 

「分かった。とりあえず、イエスの返事を送れ」

「かしこまりました」

「L18の動向から目を離すな――この二年は、一瞬たりともな。どんな小さなことでもいい。異変は、すぐに私のところへ報告しな」

「承知しました」

エーリヒからは、所在が落ち着いたら、もういちど連絡があるとアイリーンは言った。

 

「して、ミラ様のご用事は――」

「ん? ――ああ、おまえの知恵を借りたいと思ってな」

「知恵、ですか」

エーリヒの意図を探っていたミラは、急に現実に引き戻されたようにアイリーンのほうを向いた。

「L18から寄越された資料も役に立つと言えばたつが、やはり、辺境の惑星群をよく知る人材がほしい」

「……人材、ですか」

「まるで足らんよ、人材がな。いままでのL4系とL8系にくわえて、辺境の惑星群丸ごとだ。兵隊はかきあつめてなんとかなるが、それを動かす指揮官のほうがまるで足りない。皆、辺境の惑星群には疎いし――知らないがゆえに、恐怖というものがある」

「……」

ミラは嘆息した。

「辺境の惑星群は、あの世界は、まるでちがう世界だ。L18の資料を見て、ますますその確信がつよくなった。おまえも分かっているだろう。L03に軍を割かねばならんのは分かっているが、皆行きたがらない。辺境の惑星群は、恐れの対象だ」

「ええ」

「――今、L03の革命家、メルヴァの所在をL25の特殊警備隊が追っているのは、おまえも知ってるだろう」

「――はい」

「いざ見つかったら、メルヴァの掃討は、――L20が請け負わなければならないかもしれん」

「……」

それは、アイリーンもすでに承知していたことだった。L18が機能しない今、L20の心理作戦部も極秘に、メルヴァのゆくえを追う調査に手を貸している。

そして、なぜだか知らないが、メルヴァのゆくえを追うのに、地球行き宇宙船の財団までもが動いているというのだ。地球行き宇宙船を、メルヴァが襲うとでもいうのだろうか。もしそんなことにでもなったら、確実にメルヴァと戦うのはL20だ。

今回の地球行き宇宙船を護衛しているのは、L20の軍機だからだ。

辺境の惑星群にうとい今の状態で、メルヴァの掃討戦ができるのか。

その危惧は、アイリーンも感じていた。

 

「学者も言語の研究家も、L03のもと王宮護衛兵も軍に招いているが――なんというか、だな。旨くいえないけどね――わが軍の将校で――L03に強いものがほしい。――L20の軍隊の有様をしっていて、辺境の惑星群につよく、L20の個性を生かす策略を立てられる人材がだ」

ぜいたくな望みなんだろうね、とミラはもうひとつ嘆息した。

「いない! 本来なら、根気よく育てていくのが筋だろうが――そんな時間もない。事態は急を要している」

ミラの心痛を見てとって、アイリーンは、ミラの言葉が終わった時点で、おもむろに口を開いた。

 

「――これは、ただのアイデアです」

「ん?」

ためいきばかりだったミラが、聞く姿勢を見せた。これだからアイリーンはいい。ミラの悩みに寄り添って、どうしようかと一緒に悩むのではなく、どんな小さな形であれ、提案を必ず一つは口にする。

 

「ミラ様のご心痛を和らげる程度にもなりませんが――、L20の陸、海、空軍の全部署に、辺境の惑星群についてのレポートを提出させたらいかがでしょう」

「レポート?」

「はい。テーマを決めていただいても、決めなくても構いません。まあたとえば――今L20が辺境惑星を担当するにあたって、忌憚なく意見を述べよ、でもかまいませんし。とにかく全部署から、レポートを提出させるんです。――もちろん、庶務部からも」

「庶務部?」

ミラは、なんで庶務部まで、という表情だったが、アイリーンは続けた。

「意外な人物が、意外な発想を書いてよこすかもしれません。そのなかから人材が発掘されるかも――まあ、これはあくまでも提案、ですが」

「……」

ミラは思案するように腕を組み、しばらく沈黙したが。

「その案、覚えておこう」

「光栄です」

ミラの頬に、わずかに血色が蘇った。

「――そうだねえ。全部署ともなれば、意外な視点が見つかるかもしれないね」

「ええ、意外な人材も」

アイリーンも、口角を上げた。

 

「たとえば――L03オタク、とかね」