九十八話 再会 Z



 

ルナは、夢を見ていた。

眼前には、相も変わらず夜の遊園地がある。

今夜のルナは、まだ遊園地の中に入ってはいない。ルナは遊園地の入り口にいた。錆びついた鉄製の扉が、閉じたままルナの行く手を阻んでいる。

動かしてみたが、扉はあかない。

(あれ)

鉄製の扉のプレートに、「ルーシー・L・ウィルキンソン 寄贈」と書いてあるのがはっきりと見えた。

ここは――あの、K19区の遊園地なのだろうか。

ルナが奥を見ようと顔を上げると、急に明るくなった。暗闇で、巨大な金塊がきらめいているようだ。

ルナが金塊かと思ったのは、龍だった。とてつもなく大きくて、八つも頭がある龍。

八つの頭のぜんぶが、キラキラと涙をこぼし、泣いていた。

 

「ルーシー、わたしに、船大工の絵をちょうだい」

 

ルナが何か言うまえに、視界は白金色にそまり、――ルナは目覚めていた。

 

「……」

隣には酒くさいアズラエル。ルナの頬っぺたはぷっくりしていた。

今朝のうさこたんは、起き抜けから、怒りのうさこたんだった。

 

 

 

 

「……沁みるぜ……」

ルナ手製の味噌汁を啜ったアズラエルが親父くさいためいきを吐き、ミシェルも「……キクわ〜……」としみじみ、おっさん染みた唸り声をもらした。

「二日酔いにはコーヒーだと思ってたけどな、俺はもう、ルナの味噌汁なしじゃ生きていけねえ」

アズラエルの言葉だと思ってはいけない。そういったのはミシェルである。

「てめえ、俺の台詞を横取りすんな」

二日酔いMAXの強面顔で凄んだが、ミシェルにルナの味噌汁ほどキクわけはないのである。

「しみるぜ!」

ピエトもとりあえず口にしてみた。味噌汁は旨いものだと分かったが、そういうともっとおいしく感じる気がする。

「確かに――ルナちゃんの味噌汁は、二日酔いには最高だ。沁みるし――おいしいよ、ね……」

クラウドが遠慮がちにルナの顔をのぞき見、褒めるが、クラウドが誉めても、ミシェルとアズラエルがベタ誉めしても――ルナの機嫌は一向に直らないのだった。

 

(……アズラエル、あんた何したの。酒くさい口でキス迫ったんじゃないでしょうね!)

(してねえよ。起きたときから不機嫌なんだ。訳わからねえ……)

(アズが蹴飛ばしたとか、布団持ってっちゃったとか……)

(それをすんのは、いつもアイツの方だ)

 

大人三人は、顔を突き合わせて、今日はお母さんが不機嫌だと零していたが、みんな心当たりすらないのだった。

 

「ルナあ、なに怒ってんの」

空気を読まない子どもというのは、こういう場合いいのかよくないのか。アズラエルが慌ててピエトの頭を小突いたが、遅かった。ルナはくるりと振り向き、

「ピエトには怒ってません」

とにっこり笑った。その笑顔はピエトにだけ向けられたもので、大層な作り笑いだった。もう一度鍋のほうを向いたルナは、頬っぺたぷっくりうさこたんに戻っていた。ルナが自分の味噌汁とごはん茶碗を持って食卓に着いたので、大人たちは、もうこそこそ話はできない。

 

「じゃあ、誰に怒ってんの」

「きっと、分かるはずなのです。心当たりがあるはずなのです」

ルナの口調がおかしい。これはだいぶ怒っている。アズラエルは小さくなった。ルナを一度、大激怒させたことのある身としては、怒りのうさこたんがどれだけ聞く耳を持たないかは十二分に承知している。怒りのうさこたんは、二本の長い耳がお飾りになるというわけだ。

(まずいな……マジで心当たりがねえ)

戦々恐々としていたのはアズラエル一人で、ミシェルもクラウドも、原因はアズラエルだと思っていた。

怒りのうさこたんは怒りのうさこたんのまま黙々と食事を済ませ、黙々と洗い物を済ませた。アズラエルがおずおずと手伝ったが、うさこは頬っぺたを膨らませたまま、ひとことも喋りはしなかった。

(やっぱり俺か)

アズラエルは昨夜からの出来事をこれでもかと反芻したが、まったく、心当たりがない。

 

昨夜はエレナとルーイのお別れ会で盛り上がり、ルナとピエト以外はみな、したたかに酔って帰宅した。ルナはピエトを連れて、レイチェルとともに九時ころには帰宅したのだ。

ルナはエレナとルーイが船を降りたことに落ち込んではいたが、不機嫌ではなかった。

ルナが不機嫌なのは今朝からだ。アズラエルの帰宅が遅かったからだろうか。だが、いままでどんなに遅く帰ろうが、ルナは寝付いていたし、次の日に怒っていることはなかった。

 

「ルゥ、なにか言いたいことがあるなら――」

テーブルを拭き終わったアズラエルが言いかけたときだった。

 

「おすわりください」

頬っぺたぷっくりうさこたんは、クラウドの前にいた。腰に手を当て、クラウドを睨んでいた。

 

「――え? 俺?」

クラウドは自身を指さし、アズラエルとミシェルのほうを向いたが、そうだったらしい。自分じゃないと分かった途端、ふたりは、薄情なまでにそっと目を反らした。

 

「おすわりください!」

ルナの剣幕が尋常でない気がしたので、クラウドは素直に床に座った。正座で。

「――あの、」

 

「ララさんに、ちゃんと絵は渡しましたか」

 

ルナの怒りの原因が発覚した。

なんだか、ちまっこいはずのルナが、今日は大きく見える。クラウドは目を反らしつつ――「い、いや、まだ……」と焦った声で言い訳をした。「でもルナちゃん、これにはわけが……」

 

アズラエルは、それはダメだと思った。ルナは言い訳を嫌う。あとからなら聞いてくれるが、今の段階で言い訳するのは、ルナの怒りの火に油を注ぐようなものだ。

案の定、うさこは激怒した。

「いいわけはいらないです!!」

「はい」

クラウドは、思わず、幼いころしかしなかったような返事をした。

「いいわけなんかいらないんだ! クラウド、すぐにララさんの連絡先を教えてください!」

「えっ……」

「クラウドに任せていたら、いつまでもララさんに絵が届きません! だからあたしが直接渡すの!!」

 

「ま、待ってくれルナちゃん!」

クラウドは真剣な顔で、ルナをなだめにかかった。

「俺は、別に意地悪でララに絵を渡さなかったわけじゃない。理由があるんだ、聞いてくれ」

 

ルナが、モギャーとばかりに暴れ出した。

びったん! びったん! びったん! うさぎがものすごい勢いで飛び跳ねた。

「クラウドは頭が良すぎるからよけいなことをするの! まさなのかみさまの邪魔をしたらダメ!!」

クラウドは予想外の返答に、詰まった。

「まさなのかみさまは優しいからばちを当てないけど、あたしがばちを当てます! クラウドにペナルティーです!!」

アンジェラにペナルティーを望んだ身としては、クラウドは落ち着かなかった。ルナはまるで、ララと自分の会話を聞いていたようではないか――まさか本当に、あのうさ耳アンテナで?

 

「みんなが焼肉のときに、ひとりだけオムライスです!!」

「え!? いいなあ!」

ピエトが思わず叫び、ルナがじろっとピエトを睨んだので、ピエトはあわてて両手で口を塞いだ。

地味に効く。それは地味にこたえるよルナちゃん。

「だけど、俺はオムライスのペナルティーを食らっても、この件だけは譲るわけにはいかないんだ。ミシェルのためだし、」

「あたしの?」

「クラウドのしたことは、ララさんを意固地にするだけなの! いいから、素直に渡すのです!!」