自分のためだと言われたミシェルは、睨みあうクラウドとルナを交互に見渡し、 「クラウド、連絡先教えて」 とあっさり、クラウドに手を出した。クラウドはそれを聞いて絶望的な顔をする。 「ミシェル、俺の話を聞いてた!? 俺は、君のために……」 「そう。あたしのために連絡先カモン」 ミシェルは指先をちょいちょいと揺らした。 「頼む! 俺に説明をさせてくれ。説明の時間を……!」 「今すぐ教えなかったら、二週間エッチなしだからね!!」 業を煮やしたミシェルの一喝に、クラウドは、呆気なく項垂れた。しおしおと小さくなっていくなめくじのようだ。 クラウドにとってオムライスのペナルティーよりきついのは、恋人の拒絶である。 超絶美形のなめくじは仕方なく、折れた背のまま、携帯電話をミシェルに差し出した。ミシェルはその中からララの電話番号を探し、メモに書きとめる。 「さて。次の支度です」 ルナは胸を張って言った。 「ミシェル、いっしょに中央役所に行くのです。そいでね、アズとクラウドは着いて来ちゃダメ!!」 「俺は!?」 ピエトがソファから叫んだが、ルナは困った顔をして、 「今日はダメなの。大事な用事だから。ごめんね」 というと、ピエトはしぶしぶ、ソファにうずくまった。 「ちょっと待てルゥ、それはダメだ。おまえとミシェルふたりきりで、ララに会うのは危険だ」 アズラエルという頼もしい味方ができたからなのか、クラウドは急に威勢を取り戻して女の子二人に言い募った。 「ララはね、ミシェルやルナちゃんが思ってるほど、安全な人間じゃないんだ」 「ミシェル、お願いします」 「ん」 最早ルナは、男どもの話は聞かなかった。ミシェルがクラウドとアズラエルのまえに仁王立ちする。そのあいだにルナは、ぺぺぺっと電話機のもとへ行った。 「おい、ルナ!!」 「今は、ララさんに電話をしません。べつのところです」 ルナの会話は、アズラエルたちのところまで聞こえない。ミシェルが邪魔をするので、先にも行けない。ネコは毛を逆立ててライオン二匹を威嚇していた。ライオンたちは、子猫程度、動かすのは簡単だが、邪魔をしたが最後、どんなペナルティーを食らうかわからない。(例:二週間エッチなし。)迂闊な真似はできなかった。 ルナが電話を終えて二十分後――男たちは電話の相手が分かった。 インターフォン越しにヘラヘラ笑っているのはバグムントで、流麗な声で「お邪魔致します」と言ったのはカザマだった。 「ルゥ、どういうことだ」 ルナは頬をぷっくり膨らませたままカザマとバグムントにお茶をだし、「カザマさん、バグムントさん、お忙しいところすみませんでした」と一度は頬っぺたを萎ませて挨拶した。 「さっき電話したとおり、このふたりの見張りをお願いします」 「見張りだと!?」 「見張り!?」 ボケウサギがここまで頭が回るとは、ライオン二匹は想定外だった。 「そうです! 見張りなのです! ほっとけばアズたち、ついてきちゃうでしょっ」 ルナの言葉に、アズラエルもクラウドも「いいえ」とは言えなかった。当然だ。 「いいかルゥ、ララはな、お前らの手に負えるような人間じゃ……」 アズラエルが言いかけたとたんに、ポン、と後ろから肩を叩かれた。女の甘い香水のにおいがするので、バグムントではない。ギギギと音がしそうな鈍い動作で振り返ったら、やはりカザマだった。 「ララさまが、ルナさんの手に負える方かどうかは別としましても」 どうしてカザマの笑顔は、こんなにも威圧感があるのだろう――アズラエルは、すっかり言葉を失っていた。 「担当船客の方のご要望ですので、アズラエルさんとクラウドさんのお身柄は、わたくしがお預かりさせていただきます」 「まああれだ。マタド−ル・カフェかラガーあたりで、一杯ひっかけてようぜ」 バグムントが軽い調子で、酒を呷るしぐさをした。 「ピエトもちゃんとアズとクラウドを見張っていてね! お土産買ってくるから!」 出かける支度をしながらのルナの台詞に、ピエトは元気よく「まかせろ!」と叫んだ。 「では、お昼はリズンかマタドール・カフェでいただきますから。ピエト君のことも、ご心配なさらずに」 「カザマさん、忙しいのにすみません」 「いいんです。ルナさんは、ルナさんのご用事を済ませてきてください」 「じゃあいってきます。カザマさん、バグムントさん、どうか男どもをよろしくお願いします」 ルナは丁寧に頭を下げ、ミシェルとともに出て行った。バグムントが「みやげなんかいいから、気を付けて行って来いよ〜」と呑気な笑顔でふたりを見送る。バグムントは、見張りという名目で、昼から酒が飲める時間ができたことを喜んでいるのだ。 アズラエルもクラウドも、カザマの威圧感のある笑みのまえに、逆らう気を微塵もなくしていた。 「なあ、クラウド」 ピエトがこっそりと、クラウドに耳打ちした。 「さっきのペナルティー、俺が代わってやってもいいぜ?」 クラウドは、今世紀最大のためいきを、深々と吐くしかなかった。 タクシーは、わざわざ呼ばなくても、リズンの近くまで行けば常駐している。ルナとミシェルは小走りでそこへ向かい、リズンでテイクアウトの飲み物を買って、タクシーに乗った。 「昨日夢を見たの!」 ルナは座席シートに落ち着いたとたん、ぷんすかと叫んだ。 「八つ頭の龍さんが泣いてたの。ルーシー、絵をちょうだいって! それでわかったの、クラウドったら、絵を渡さなかったんだよ!」 「ルーシー?」 ミシェルが不思議そうな顔で聞きかえした。 「ルナ、じゃなくて?」 「うん、そう。ルーシー」 ルナは、いってから、「ルーシー?」と自分で自分に聞きかえした。 「あれ? あれれ?」 「ルーシーって、だれ?」 ミシェルとルナは顔を見合わせ、「誰だろ……」と疑問符を浮かべあった。 「……うんとさ、ミシェル」 「うん?」 「自分の前世ってさ、夢で見たあと――忘れちゃうことって、多くない?」 ミシェルは首を傾げ、「多いかも」と頷いた。 「とびとびとか、部分だけ覚えてたり、なんかの拍子にふっと思い出すことはあっても、ふだんは忘れてるよね」 「あたしもそんなかんじ。――ルーシーってさ、どっかで聞いたの。たぶん、あたしのことだ。だけど、どの前世の夢だったか――分かんない」 「ルナの日記帳か、クラウドの書類見ればわかるのかな」 「持ってくればよかったね」 うさぎとネコの会話は、そのあとすぐに、エレナの話題に移った。今頃、どの辺にいるのかなとか、時間があったら、エレナと行ったピザのおいしいレストランに寄ろうとか。シーフードピザのエビがやたら大きかった話とか。 ふたりの会話からは、すっかり目的が失踪していた。 |