“シャイン”――それは、なんのことはない、L系惑星群最速の、移動式マシンである。

L5系の大都市、また軍事惑星群の一部と科学の星にのみ、そのマシンは設置されている。

一瞬で目的地まで着く乗り物――移動装置であり、形状は前後にドアのついた、エレベータータイプのボックスだ。

建物内に設置されているのが普通で、移動するには、そのエレベーター式のボックスに入り、行先のボタンを押すだけ。ほぼ一秒後にはどんな場所にでも辿りつける。

惑星間の移動はまだ無理であるし、大都市にしか設置されてはおらず、むろんルナたちの住むL77にはなかった。シャインというシステムがあることはルナも知っているが、利用したことはない。

 

「宇宙船内にもあったんですね」

幼いころ、L53の大都市ですこしだけ暮らしたことのあるミシェルは、シャインに乗ったことがあった。

乗ったことがあるというより、大都市の移動手段はほぼシャイン一色。電車やバスは、ちょっと離れた郊外に行けば見られるという、大都市からしたら、逆に珍しい乗り物だ。

この時代、自動車は、もはや個人のファッションの一種で、宙に浮かぶ飛行式のものから、ガソリンなどのオイルで走るアンティーク・タイプまで種類はさまざま。

ちなみに、L7系の惑星群は、石油プラントがあるL8系の惑星群が近いので、ガソリン車がメジャーだ。L5系はほぼ電気自動車で、セルゲイのように、L5系の住民でガソリン車に乗っているのはめずらしい。

 

ルナは疑問が氷解して、ひとりで納得して頷いていた。

今日、カザマとバグムントの携帯に電話したとき、ふたりは中央役所にいるといったのに、なぜか二十分もせずにルナの家まで来た。

ルナたちがリリザに逃亡するときも、カザマを呼んだら、十分くらいでルナたちのところに来てくれたのだ。リリザの入星パスカードを持って。

カザマはいつも、「呼んで下さればすぐ参りますから」と言っていたが、ふつう、中央役所からルナの家までは、高速道路をつかっても一時間半はかかるのだ。すぐが、すぐでないことはルナも承知していたが、カザマのいう「すぐ」とは、いつもほんとうにすぐだった。

役員には、とくべつな移動手段があるであろうことは感じていたが、今日やっと、正体が分かった。

 

美術館内にも、シャイン・システムはあるのだという。ミシェルとルナは、ララのうしろをついていきながら、言った。

「シャインに乗るの、ひさしぶりだなあ」

「あたし、知らなかったよ。宇宙船内にもあるだなんて」

「それはそうだ。一般船客には利用を許可していない。シャインを使えるのは、株主と役員――あと、緊急時だけ」

五階の廊下端に、トイレのように奥に引っ込んでいる空間があって、その奥にエレベーターとおぼしき扉があった。

 

「どうして?」

「ン?」

この宇宙船内は、携帯電話も使えないことになっている。シャインも一般は使用禁止。こんな便利な機械を、どうしてふつうに使えないんだろう。ルナがぽつんと漏らすと、

「携帯もシャインも――まあ、使わなきゃいてもたってもいられないような、忙しないヤツはね、この宇宙船に乗ったところで、三ヶ月で降りるさ」

いや、一ヶ月も持たないかも、といってララは笑った。

「そうかも」

ルナは納得したように、「そうかもしれない」と頷いた。

 

シグルスが、さっきルナたちに渡したようなゴールドカードをコンピューターに通すと、『認証、ララ、サマ』と音声がながれて、シャイン・システムのキー画面があらわれた。

カードのシリアルナンバーを打ち込むと、開閉式のドアは、左右にすっと開いた。ルナはシャインに乗るのは初めてだ。エレベーターとまったく変わらない様式に見えるが、エレベーターではただの壁であるはずの奥も、開閉式のドアになっている。

 四人が入って、シグルスがボタンを押してドアを閉めた。

 「では、真砂名神社でよろしいですね」

 「ああ」

 ララの返事とともに、シグルスが、K05−03のボタンを押す。シュウン――と空気が萎むような音がして、入ってきたドアではなく、向かいのドアが開いた。

 「到着しました」

 ルナは、ぽっかりと口を開けた。

 めのまえに、見覚えのある、真砂名神社のふもとに立ち並ぶ店々が、ちゃんとあったからだ。

 

 

 

 

 「ミシェルが消えた!」

 目が充血するほどの集中力で、ストーカー専用GPSの画面を睨んでいたクラウドは、K13区の美術館から愛するミシェルが消えた瞬間、恐慌状態に陥った。

 だが、ミシェルのために蒙昧になったあるじより、冷静で正確な機械の方は、すぐさまミシェルたちの居場所を特定した。

 ミシェルを表すチェリーピンクは、K13区からずいぶん離れたK05区――真砂名神社まえで点滅を始めた。ルナのコーラルピンク、ララのゴールド、シグルスのチャコールグレーもいっしょに。

 

 「シャインをつかったのか?」

 それ以外に考えられなかった。K13区から、一気に北の端であるK05区へ。

 

 「おいおいおい、シャインは、役員しか使えねえんじゃねえのかよ」

 アズラエルが不満げに酒を呷ったが、カザマがやんわりと訂正した。

 「役員はもちろんですが、株主の方もつかえます」

 「あっ……そう」

 「クラウドよォ、おめーのストーカーっぷりは分かったから、そろそろ諦めて、呑めや」

 バグムントが酒瓶をかかげてみせるが、クラウドは絨毯の上に座り込んだまま、画面を凝視している。

 アズラエルは酒を呑もうとして、また盛大なくしゃみを、ひとつ。

 「……なんか今日は、くしゃみばっかだな」

 風邪ひいたかな、と鼻を啜るアズラエルに、

 「おまえに取りつく風邪なんぞ、あるかよ。だれかが噂してんじゃねえのか」

 バグムントがからかうように言った。すっかりいい気分である。

 

 「アズは、ルナちゃんが心配じゃないわけ?」

 「心配は心配だがよ……」

 クラウドとアズラエルの心配は、角度がちがっていた。クラウドは無論、ララがミシェルに手を出すことを心配しているのだが、アズラエルは、そのテの心配はまったくしていなかった。

ルナには、ララがぞっこんになる芸術的才能もこれといってなければ、ルックスも中身も、ララの好みではない。それだけは確実にいえた。

アズラエルが心配したのは、あのにぶくてマヌケな発言ばかり繰り返すルナが、ララとまともに応対できるか、ということである。マイペースどうし――意外に会話が通じたら、それはそれでいいが、ララの機嫌を損ねでもしたら、めんどうなことになる。

ただ、それだけの心配である。

いまのところ、「ララさんが怒っちゃった!」というルナの電話はかかってこない。真砂名神社に移動したというのも、絵をそちらに持っていくのに、同行しただけの話だろう。

アズラエルの懸念は、すっかりゆるんでいた。

 

アズラエルは、今日を境に、ライバルがグレンとセルゲイにくわえて、もうひとり出現するのだとは――微塵も、これっぽっちも、一ミリたりとも思ってなどいなかった。

 

「アズは呑気だね……あとで泣いても知らないからね」

うらめしげなクラウドの台詞は、予言ではない。

 

 アズラエルたちは結局、ラガーにもマタドール・カフェにも行かなかった。クラウドが追跡装置をかかえて、絨毯に座り込んでしまったせいである。バグムントもカザマも、クラウドを見張る手前、クラウドを残してこの部屋を出ていくわけにはいかなかった。

 なので結局、自宅飲みになったというわけだ。